いつもと変わらぬ午後。
いつもとさほど変わらない講義風景。
これで今日の講義はお終い!
タカオは本やノートをバッグに詰め込んでホッと一息ついた。
いつもと変わらないように見えるが
よく見ると心なしか皆、浮かれているように見える。
そう。
今日はクリスマス・イヴ。
「タカオー!」
大学で出来た友人の声がした。
「おう、○○じゃん、どうした?」
「今日さー、彼女のいない寂しいヤツラ集めてクリスマスパーティ・・・っつーか
『シャンパン飲み明かし!来年こそは女とラブラブ・イヴをやるぞパーティ』やるんだけど、お前もどうだ?」
「あ・・・・・・・・。悪い、俺、ちょっと・・・・・。」
「な・・・・!お前、彼女いたのか・・・??
・・・・・・全然女っけないように見えたのに!か〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
○○は世界の終わりのように、嘆きもがいている。ちょっと失礼である。
「あ・・はははは・・・。」
引き攣り笑いをするタカオ。
「まあな、お前、結構モテるし。なんで彼女作んねーのか不思議だったんだ。その彼女によろしくな〜?」
そう言って手を振ると、○○は次なるモテない男の所へと飛んでいった。
タカオはそれを見送ると、もう一度溜息をついた。
・・・・彼女じゃないんだけど・・・・・・。
ま、いいか。
俺の大事な恋人に変わりはないんだし。
カイ・・・・・。
大学に入ってから一緒に暮らし始めて
もう、クリスマスだ。
振り返ってみれば、あっという間だった。
今日、クリスマス・イヴ。カイはいつも通り忙しかった。
帰りも多分遅くなるが
せめてケーキとシャンパンでクリスマスを祝おうと約束してくれた。
だが、一緒に暮らし始めてはじめてのクリスマス・イヴ。
タカオはクリスチャンではなかったが、ただケーキを食べて「はい、お終いv」とするつもりは毛頭なかった。
ふふふふ・・・・、見てろよ?カイ!
あっ・・・!っと驚くような演出をしてやるぜ!!
一人妖しく微笑むタカオ。
かなり不気味である。
タカオは色々と店に寄りながらマンションに帰ってきた。
まず、袋から取り出したのは丸焼き用の鶏肉。
七面鳥はどうしても手に入らなかった。
そして数々の野菜。
「クリスマスって言ったら、鳥の丸焼きだよな。
朱雀の丸焼きみたいな気もするけど、ま、いいよな!」
タカオはエプロンをつけて拳を握った。
「おっしゃ〜〜!やってやるぜ!」
一方、カイも。
その日の大学の予定を終えてノートなどをバックに詰め込んでいた。
カイの大学は超名門私立だったので、お金持ちの子息令嬢が多く通っている。
もちろん普通の家庭からかなり無理をして通っている者もたくさんいたが。
そんなカイの様子を綺麗どころのご令嬢方が物言いたげに見守っていた。
出来ればカイをクリスマスに誘いたい。
だが、今までの事を考えるとそれは全く絶望的だった。
カイがあの世界的な大企業火渡エンタープライズの次期社長であることは誰もが知っていた。
そして毎年の世界大会やオリンピック競技としてすっかり定着したベイブレードの
既に伝説と化している第一回世界大会チャンピオンチームで
「最強の男」と呼ばれていた事も、かなり有名な話だった。
だがそんな事よりも、その端正な顔立ち、洗練された身のこなし。
他の男子学生のようにバカ騒ぎすることもなく、いつもクールで。しかも頭脳明晰。
カイのそんな姿は、
火渡の名があろうとなかろうと、またベイで最強だろうがなかろうが
ご令嬢方の視線を釘付けにするには十分だった。
しかし、カイはそんな彼女達に告白の隙さえ与えない。
かなり強引に告白した者も過去何人かいたが、皆完全に無視されてしまった。
カイと共にクリスマスを過ごすのは、一体どんな女性であろうか。
火渡と同レベル企業の社長令嬢だろうか。
それとも元華族のお姫様?大物政治家の娘?
どれにしても、自分たちに関係ないことだけは確かだった。
理想の王子様のようなカイが立ち去るのを見届けると
彼女たちは分相応の恋人の元へとそれぞれ向かって行った。
そしてカイは。
やって来たのは西洋の宮殿のような外装が施されている小さな店。
その重厚な佇まいは来る者を拒む、気軽にはとても入れない雰囲気をかもし出していた。
カイはその重い扉を開ける。
ギィィィ・・・・・・・。
「これはこれはカイ様。お待ちしておりました。」
「・・・・。頼んでおいた物は出来ているか?」
「はい。こちらでございます。」
カイはその出来栄えを確認すると、
「ありがとう。良い出来だ。」
そう言って小さな小箱に収められたそれをポケットに滑り込ませ
その店を後にした。
店主はカイが立ち去った後も深々と頭を垂れていた。
タカオは料理本を見ながら悪戦苦闘をしていた。
タカオがこんなに料理を頑張っているとは、カイは知らない。
カイを驚かせたい一心でタカオは頑張った。
本日のメニュー。
鳥の丸焼き!
野菜たっぷりミネストローネ
海の幸サラダ
そしてパン
シャンパン、ケーキ
ケーキはカイが用意してくれるらしい。
カイは甘いモノが苦手だから自分で用意した方がいいのかも、とタカオは勝手に納得していた。
シャンパンは冷蔵庫に冷えている。
あらかじめハーブやスパイスで下味をつけた鳥に、色とりどりの野菜を詰めてタコ糸で縛る。
そして暖めておいたオーブンへと放り込んだ。
後は時間の問題!
焼きあがるのを待つ間にミネストローネに取り掛かる。
こちらも煮込みに入ると今度はサラダだ。
元々祖父と二人きりの生活で家事には慣れていたが
カイと暮らすようになって、料理の手際も随分良くなった。
「さてと・・・・。」
ようやく一息つく頃には外は暗くなり始めていた。
家々から漏れるクリスマスイルミネーションの光。
クリスマスケーキを手に家路を急ぐお父さん。
とても暖かな光景だと感じた。
そしてタカオもクリスマスツリーの飾り付けに取り掛かる。
つけっぱなしにしておいたラジオからはクリスマスソングが流れていた。
楽しい曲、幸せな曲、切ない曲、賛美歌・・・・。
カイが驚く顔を想像しながら、一つ一つ飾りをつけていく。
カイと共に過ごす暖かな時を想いながらライトチェーンをツリーに巻きつけていく。
カイを想いながら・・・・。
それは、とても幸せな時間だった。
さて、そのカイは。
「できた・・・・。
・・・・・・・・・・。
ふふふふ・・・・。はーっははははは・・・・!!!!
待ってろよ?木ノ宮!今夜は忘れられない夜にしてやる!!」
火渡邸、厨房。
人知れず拳を握り締め高笑いする男が一人。
全身粉まみれで血走った目で。可愛らしいエプロンを身に着けて。
怪しい以外の何モノでもない。
こんな姿、同じ大学の誰かが見ようものなら
・・・・特にあのご令嬢方が見ようものなら、100年の恋も冷めるかも。
慣れない事をして、苦労の挙句ようやく完成したせいか、
既に人格が変わってしまったようだった。
カイは普段、そのクールな様子に騙されてしまいがちだが
かなり激しい側面も持っている。
ムキになるとそんな一面が顕わになるのだった。
「カイ様、そろそろお時間です。」
だが、カイももう子供ではない。
秘書の一言で、一瞬にして正気を取り戻した。
「そうか。」
いつものクールなポーカーフェイスに戻ったカイは
後の仕上げはメイドに任せ、粉まみれの体を清める為に浴室へ向かった。
クリスマスツリーは既に完成し、テーブルもセットした。
ミネストローネは暖めなおすだけ。
ローストチキンはあと3分程で・・・・焼き上がる・・・・・。
部屋にはジューシーな香りが満ちている。
タカオはワクワクしながらオーブンを覗き込んだ。
・・・・と、その時。
カチャッ・・・・。
「カイ!!」
タカオが玄関に飛んでいくと、上品なロングコートに身を包んだカイの姿。
手には可愛くラッピングされ美しくリボンをかけられた、ケーキらしき箱を持っていた。
「・・・ただいま。」
「おかえり!カイ、ケーキ買ってきてくれたんだ。」
「・・・・・・。まあな・・。」
台所からピピピピ・・・・・と音が響く。
「あ!出来たー!」
「?」
「カイ、驚くなよ〜?」
いたずらっ子の表情。くりくりの蒼い瞳が輝いている。
タカオに手を引っ張られるままに台所にやってくると、とても美味しそうな匂いがしていた。
「へへっ。美味いかどうか分かんねーけど、作ってみたんだ。」
タカオが鍋つかみを手にはめてオーブンを開けた。
「ジャジャーン!!木ノ宮タカオ特製!鳥の丸焼き!」
タカオは美味しそうに焼きあがったローストチキンの乗った天板を手に、
嬉しそうな得意げな表情でカイを見上げた。
そう、まるで幼子が良い事をして
親に褒めて欲しくて無垢な瞳で見上げるように。
どうだ?スゴイだろ?驚いたか!?びっくりしたよな?
そんな丸わかりなタカオの表情を目の前にして。
また、自分もそれ程変わらない事を企んでいる事もあり・・・・・
カイは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ・・・・!はははははは・・・・!!」
予想外の反応に呆気にとられるタカオ。
「な・・・なんだよー!」
ぷーっと膨れっ面。
くるくる変わる表情が可愛くて。
「・・・すまん。お前のバカ面がおかしくて、つい・・・な。」
「なんだと〜!?」
「すまなかった。とても美味そうだ。・・・・お前もな。」
そう耳元で囁くと、カイはタカオの頬に唇を寄せた。
タカオは途端に真っ赤になる。
すっかり機嫌を取り戻したタカオはカイをテーブルへと案内した。
部屋の隅にはクリスマスツリー。ライトがチカチカ光っていて可愛い。
壁には手作りらしい、ちょっと不恰好なリースや飾りが。
純白のテーブルクロスがかけられたテーブルには美しい花とローソクがセッティングされ
そこへ先程のローストチキンを持ってきた。
サラダ、パン。
そして暖めなおしたミネストローネ。
クリスタル製のシャンパングラス。
氷の入ったワインクーラーにシャンパンを入れてテーブルの脇に置く。
「・・・・・驚いたな・・・。」
カイはタカオとクリスマスを過ごせればそれでよかった。
何もなくても、ただ、タカオが傍にいてくれれば・・・・。
それはタカオも同じだろう・・・・が・・・・。
「へへっ。どうだ!」
振り向くとタカオが腰に手をやり、威張っている。
カイとのクリスマスの為に、こんなに頑張ってくれたタカオ。
カイは心に暖かいものが満ちてくるのを感じた。
「さあ!食おうぜ?冷めないうちにな?」
「ああ。」
前置きが長すぎ・・・・。