「仁兄ちゃん。」
「・・タカオか。どうした。」
その日、兄が一人でいる所を見計らって声をかけた。
「そろそろ教えてくれないか?兄ちゃんの目的。」
「だから言ったろ?俺は大転寺さんの・・・。」
「それはわかったからさ。でも兄ちゃん自身の目的もあるはずだと思うんだけど。」
仁は少し困ったような顔をした。
「俺の目的・・・か。さあ、なんだろうな・・・。」
頭をポリポリ掻きながら答える仁。
「少なくともカイのお爺さんにお前たちを渡しちゃダメだって思ったんだ。
カイじゃないけど、お前たちがあの爺さんの所に行ったら、どうなるか目に見えている。
それがまず一つ。」
「うん。」
「あとは・・・。そうだな、4人そろった事だし・・・そろそろ行くか。」
「?どこへ?」
「遺跡だよ。」
「遺跡?」


そして数日後。
「・・・兄ちゃん・・・どこまで歩くんだ?」
「言ったろ?ひたすら歩く!今日中に着いておきたいからな。」
「とか言って・・・もう3日だぜ!?3日も歩き続けて・・どんだけ遠いんだよ!!ホントに今日、着くのか?」
車があればもっと楽な旅になったのだが、岩によじ登ったり原生林を抜けていったり・・・
どう見ても車が通れそうな道などなかった。
・・・と言うより、牙族の村へも車では辿りつけなかった為、車自体手元になかったのであるが。
「だらしがないな、タカオ。」
「李まで〜!」
「カイやマックスも都会暮らしだが、不平も言わずに歩いてるぞ?」
「へいへい!」
俺は仕方なく返事をした。
「カイ、大丈夫か?」
「このくらいでバテるような鍛え方はしていない。」
意外に逞しい返事だった。
「マックスは?」
「ボク、ロッククライミングが趣味なんダ。岩山を捜し求めて歩くのも結構楽しいネ〜!今度一緒にどうですカ?」
「・・・わかったよ!歩けば良いんだろ?歩けば!!」
ふてくされる俺を見て、皆が苦笑した。

そうしてそれからかなり歩いた頃。
「着いたぞ。」
そこは山の中腹の岩場。巨大な岩壁が立ちはだかっていた。
「・・・これ?」
「いや、遺跡はこの中だ。」
「中?どうやって入るんだよ。」
「入り口はそこじゃない。こっちだ。」
仁はその岩に沿って歩き出した。そして最初の岩壁から少し離れた所に立ち止まる。
何をするのだろう?と皆が興味津々で見守る中
仁は目の前にあった、子供の背丈ほどの岩を全体重かけて押し込んでいった。
すると、そのすぐ横の人の頭ほどの大きさの岩が、ゴゴゴゴ・・・と押し出されてきた。
「おおお!!すげっ・・!」
驚く俺達をよそに、今度はその岩を、仁は抱えるようにしながら引き抜いた。
先程から、かなりの力仕事だ。
その岩を完全に引き抜いて、傷つけないように地面に丁寧に置くと
ようやく仁は「ふう・・」と、安心したように溜息をついた。
それから仁は
「タカオ、この岩、横にスライドするように動かしてくれるか?」
そう言って大人の背丈ほどもある、大きな岩を指さした。
「よっと・・!」
もっと重いと思ったのだが意外にも簡単に動いた。
「・・うわ!なんだ?これは!!」
動かした俺が一番驚いた。
「さっきの岩が鍵の役割をしてたんだ。ここが入り口だ。」
見ると中はかなり広いように思えた。
「待ってろよ?今、灯りを・・・。」
そして兄はランプに火を灯した。
「さあ、順番に入るんだ。気をつけろよ?」

「・・・うわ・・・・!!」
中は結構広い洞窟だった。灯りが小さいので良くは見えなかったが。
「こっちだ。」
仁が言う。
そして洞窟を奥へ、奥へと進んで行った。
「間違っても変な方向に行くなよ?ここの洞窟は迷路のように広がっているからな。
こんな所で迷ったら・・・下手したら一生出られん。」
俺達は生唾を飲み込んだ。
そうしてどんどん進んで行き、最後に辿り着いたのは。
「・・・なんだ?これは!?」
かなり広い・・そう、宮殿といっても良いくらいの造り、空間。
「これは・・・明らかに人の手によって造られた空間だな。」
カイが言う。
「でも暗くてよく見えないネ・・・。」
仁は無言のまま、そこに設置されていた松明に火を灯していった。
こんな閉鎖空間で火など灯したら、と俺は一瞬心配したのだが、ここには空気の流れを感じた。
そこまでちゃんと考えられて造られた空間なのだ。
薪は俺達を連れてくる前に、あらかじめ仁が用意したものだろうか。
ひとつ、またひとつ。
少しづつ辺りが見回せるようになっていき
最後の松明に灯りを入れると、全貌が明らかになる。
「う・・・わ・・・・・〜〜〜〜〜!」
壁には壁画、壁画、壁画・・・・。良く見るとそれらは物語のようにも見える。
でも何より大きな壁画は、この空間の最奥の全面に描かれた壁画だった。
描かれているのは青龍、朱雀、白虎、玄武。四聖獣の画。
「兄ちゃん、これって・・・・。」
「ああ、四神の伝説が描かれている。恐らくここは四神信仰の神殿だろう。
俺は世界中の遺跡を探し巡ってきたが、今の所ここよりすごい四神の遺跡は見たことがない。」
俺達は感嘆の声を上げつつ、壁画を一つ一つ見ていった。
そこに描かれていたのは自然界からの様々な恵み。そして四神。
大きな火は恐ろしく破壊をもたらすだけかもしれないが、小さな火は暖かく人々の心を癒す。
火を使う事で人類は進歩を遂げる事ができた。
水の恵みは言うまでもない。水がなければ生き物は死に絶える。
風は大気を動かす。気候による恵みは風が吹けばこそ。
青龍は風だけでなく木を司る神でもあり、木や植物が生物にもたらす恵みは誰もが知っている。
雷は恐ろしいばかりで害のみを成すようでもあるが「雷の多い年は豊作」という言葉もある。
白虎は土、金を司る神でもあり、豊作や金銀に通じる。
四神がそれぞれを助け、それぞれを抑えると自然界はバランスよく栄える。
陰と陽、陽に含まれる陰、陰に含まれる陽。
それらに属する様々な気が混ざり合い、高めあい抑えあう事によって全てが営まれていく。
そんな様子を表す壁画の数々。

「すごいな・・。」
最初に言葉を発したのは李だった。
「うん・・。これが四神神話・・。ボク、アメリカ育ちだから初めて見ましタ。」
「俺だってはじめてだよ!」
「・・・それにしても、この世界は・・・・・。」
「素晴らしく清浄な世界だろ?」
俺達が感動していると仁が背後から言った。
その言葉に俺達は一斉に振り返る。仁はただニッコリと笑った。
「兄ちゃん、何考えてるんだよ。そろそろ教えてくれたっていいだろ?」
俺が問いかけると、笑みを湛えていた兄は一変して真面目な顔で言った。
「・・・・。タカオにも・・そしてお前達皆、もうわかってるんじゃないのか?」

そう言われてハッ・・とする。
だが、それはとても簡単に受け入れられる類のものではない。
俺は言葉を飲み込んだ。
「逃げるな、タカオ。胸の奥の声をちゃんと受け止めるんだ。」

逃げる?俺が逃げてるって?
壁画の中の美しい世界。
まだ神々がいて自然と人間と神が共存していた世界。
この美しい世界と、そして現在の世界。その差。
カイと李とマックスの顔を見渡す。
皆、戸惑っている。
だが、心のどこかでわかっている?

「俺は世界中を渡り歩いてきたが、その時目の当たりにしたんだ。
現在の地球の状態を。
お前達もTVでくらいは見たことがあるだろ?
地球温暖化やオゾン層破壊による影響を。
実際はもっと酷い。既に生態系が狂い始めている。
十何年か先には水没してしまうかもしれない国もある。」
「やめてくれ、兄ちゃん。そんな事、俺達にできっこないだろ?」
「・・・悪いが止めない。なぜなら、それしか考えられないからだ。
神話の時代以外、四神同時に揃った事はない。それがこの時代に揃った。何故だ?
そんな事、誰にだってわかるだろう。」
俺は絶句する。
あまりの事の大きさに。
「だが安心しろ、タカオ。
俺もお前達が魔法使いだとは思ってないし、お前達が望んだだけで環境改善が行われるとも思ってないさ。
ただ・・お前達にはお前達にしかできない事があるんじゃないかって思ったんだ。
そのためにはまず、カイの爺さんから引き離した所でお前達を会わせたかった。
これからどうなるかは・・・・俺にも分からん。」
そして仁は続ける。
「考えるんだ。何かあるはずだ。
少なくともこの時代に四神全てが揃った意味が。
そしてお前達はその四神・・・青龍、朱雀、白虎、そして玄武なんだ。」





その晩。
遺跡の近くにテントを張って皆で食事の準備をし、皆で眠った。
口数は少なかった。
兄だけがいつもと変わらないのがかえって変な感じがした。

夜中、どうしても眠れなかったから俺はテントを抜け出して星空を見上げた。
「すっげー!満天の星・・・。○京じゃ、こんな星空は見えねーもんな・・・。」
街の明かりのない世界。
真実、真っ暗闇に広がる満天の星、天の川、そして時々見られる流星。
これが・・・・・本当の夜空だ。
産業革命以来、人間の文明は発展を続けていった。
とどまる所を知らぬかのように。
飽くことのないその技術の発展のため、人間は競い合うように努力し開発を続けていった。
そのお陰で人々の暮らしは格段に便利になり快適なものとなっていったが
────その代償はあまりにも大きい。

「眠れないのか。」
突然の声に驚いた。
「カイ・・。」
「・・・・考えていたのか。」
「・・・まあな。」
カイは手にしていたランプを地面に置き、タカオの隣に腰を下ろした。
「俺は・・・爺の手から逃れる事ばかり考えていて、あんなふうに考えた事などなかった。」
「・・・俺だって・・・自分が青龍だって知ったのはつい最近だし、何よりも俺、何の力もねーし。」
「・・・・・。」
「ただ・・・・さ。前も言ったけど、木々の声っていうか気の流れみたいなのはなんとなく感じてたから
このままじゃいけないってのは分かってた。
街の木々もここの木々も大なり小なり警告みたいなのを発してる。
それを肌で感じていたから、そういう話には興味があった。
でもだからって何ができる?
誰もがやっているように、せいぜいレジ袋を貰わないようにしたりしっかりゴミを分別したり。
ゆくゆくはウチもソーラー発電にしなきゃ・・とか
そんな程度しかできないし考えもしなかった。
それは政治家とか偉い学者が考える事で
俺達にしかできない事があるなんて、それこそ考えてもみなかったんだ。」
「タカオ・・・・・。」
「カイは何か知ってるか?四神って何だ?何がそんなにすごいんだ?」
「焦るな。そもそも昨日の今日でなんとかなるような話ではない。」
「・・・・ゴメン、俺・・・。」
「・・・。無理もない。俺も・・・どう対応して良いのかさっぱり分からん。少なくとも・・・。」
カイは苦笑した。
「爺がどうの、というレベルの話ではないな。だが、ヤツが大きな障害である事に変わりはない・・・・か。」
「そもそもカイの爺さんって俺達に何をさせたかったんだ?」
「知らん。が、相手を力で・・つまりは四神が司る自然の力でねじ伏せて支配する・・・といった所だろう。」
「そんな事してなんになるんだよ。地球がおかしくなっちまったら、元の木阿弥どころじゃすまねーぜ?」
カイは溜息をついた。
「とりあえず、俺がしなければならないのは爺の説得、もしくは爺から離れた所で俺達が動けるようにすること・・・・かもな。」
カイの表情を見て・・というより今までのカイの様子からして
それが絶望的に近い事は簡単に察する事ができた。
じゃ、どうしたら?


「・・・邪魔しちゃ悪いと思ったが、そういう雰囲気でもなさそうだな。」
背後からまた声をかけられて驚いた。
「・・・李、変に気使いすぎ・・・・。」
俺は呆れてそう返すと、別の方からまた声が。
「でも、人の恋路を邪魔するヤツは・・えっと、何でしたっけ?
ロバ?駝鳥?んー、とにかく何かに蹴られて死んじゃえー!って日本では言うらしいですからネ!」
「馬だよ馬!・・ったくマックスまで・・・・。いくら俺でも、この状態で変な事しねーって!!」
「でもタカオは仁の弟だからな。」
李がからかうように言う。
兄ちゃん・・・信用なさ過ぎ・・・李に何したんだよ〜・・・ったく・・
と思っていたらカイまで不穏な眼差しで俺を見ていた。
「カイまで〜!」
するとカイは頬を少し染めて、フン・・とそっぽ向いてしまった。オイオイ・・勘弁してくれよ・・。



「そっか。お前らもやっぱ眠れなかったのか。」
「ああ。自然に対する己の無力感は感じていたが、そんなふうに考えた事はなかったからな。」
「俺達のやるべきことってなんだろう・・・。」
皆が静まり返ってしまった。
「これは玄武であるボクだけにできる事とは、ちょっと違うけど・・・。」
と暫くの間の後、マックスが口を開いた。
「・・・・。ボクが研究職に就いている事は前、話したよネ。
やってる事は色々で・・地球温暖化とはちょっと関係ないようにも思えるんだけど・・
それがよくよく考えてみると関係してくることもあるかもしれない。
知りたい事は山のようにあって、探り始めるとどれも奥が深いんデス。
これからどんな技術が開発されて、どんな事ができるようになるんだろう?と思うとワクワクするヨ。
玄武とは全く関係ないけど、そういうのもボクのできる事じゃないかなって思う。
あと・・・・これは僕の専門外でだけど、核についても何とかしなくちゃ、とも思ってる。
とにかく、研究者としてはやる事がいっぱいで楽しいネ!」
「マックスはすごいんだな・・・・。」
「ボクが言いたかったのは、別に四神でなくてもできる事はたくさんあるんじゃないかって事。
まずできることから考えるのが大事なんじゃないノ?
で、話はもどるケド・・・李やカイのその力、どこまでの範囲で使えますカ?」
「範囲?」
「ハイ!例えばもし、僕達皆が力を使えるようになって・・・
それでもしもだけど・・・地球全体に力を及ぼせるようになったら・・・
地球温暖化対策は何とかなったと言っても過言はないネ。」
「・・・そうか、五行相剋、五行相生!」
「なんだよ、それ。」
俺が聞くと李は
「壁画でも見ただろ?要はそれぞれがそれぞれを抑え、またそれぞれがそれぞれを助ける事だ。それで自然界は上手くいく。」
李は図を描いてわかりやすく説明してくれた。
「まず五行相剋。
水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ。
つまり、水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、木は土を押しのけて生長し、土は水の流れをせき止める
という具合に、水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水に影響を与え、弱めるんだ。
次に五行相生。
木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。
つまり、木は燃えて火になり、火が燃えたあとには灰(=土)が生じ、土が集まって山となった場所からは鉱物(金)が産出し、金は腐食して水に帰り、水は木を生長させる
という具合に木→火→土→金→水→木の順に相手を強め、影響をもたらす。
この場合「木」は青龍、「火」は朱雀、「金」は白虎、「水」は玄武の事を言う。
「土」は麒麟とも黄龍とも・・また、人とも言われているが・・・。
あ、ちなみに俺のこのハチマキのこの模様。
これは太極図というんだが・・これも四神、五行を意味している図なんだ。」
「となるともしかして麒麟もいるとか?」
「さあ・・それはどうだろうな・・・。
いるかもしれんが、神話やあの洞窟では四神のみだったし、また白虎は土を司るとも言うしな。
ま、本当の所は俺も良くわからん。」
「李〜〜!!お前だけが頼りだったのに〜!!」
「仕方ないだろ?白虎だと言われていたが他に四神がいるだなんて思いもしなかったし
俺だって昔話、神話の程度としか認識してなかったんだ。」
「だがしかし・・・。俺は確かに炎を扱えるが地球全土となるとさすがに無理だな・・・。」
「俺もだ。」
俺達は4人一斉に溜息をついた。
「まあ、とにかくもう寝よう。すぐに良い考えなんて浮かぶはずもない。」
「そうだな。」
4人の話をテントの中で聞いていた仁は、満足げに微笑んだ。







時の彼方 5→


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「今まで四神の力を持つ者が時々現れた。でも四人同時に揃った事はない」
という設定ですが、「ミスターB×仁『予感』」から使わせて頂きました。
それから、四神や陰陽についてはよく分かりません(汗)。
色々調べてみたんだけど結局さっぱり分からなくて。
ベイで知ってる程度の知識のみで書いてしまいました。
「ま、本当の所は俺も良くわからん。」というレイのセリフは私の本音です。
そんな訳で、突っ込まないで頂けると助かります。すいません!
それから、随分重い話題になってきましたが・・・
私自身は、危機感はあるものの「分かってはいるんだけどね〜」
というレベルです。お恥ずかしい話ですが。
だから「地球温暖化をテーマに話を書こう!!」と重い決意でもって書き始めた訳ではなく
なんとなく四神を出してしまったけど・・・どうしよう?
神話の世界にトリップするには知識も書く力もなさ過ぎるし・・・。
じゃあ、もしも今の世の中に四神が現れるとしたら、それは何の為だろう?
と考えていったらそういう方向に話が進んでいってしまったんです。
重ね重ね行き当たりばったりで、申し訳ありません・・・・!
(2008.10.22)