「お待ちしておりました。私が牙族次期長の金李です。」
出迎えてくれた金李は長髪を一つに纏め、珍しい金の瞳に笑うと牙のような歯が光る、なんとも魅力的な青年だった。
「李、久し振りだな。突然押しかけて済まなかった。」
「いや・・・。で、こちらが・・・・。」
「そうだ。俺の弟のタカオと火渡カイ君。」
「・・・・・。なるほど、確かに・・・青龍と朱雀だ。」
「お前が白虎か。」
カイがいつもの口調で問うた。
「・・・。そうだ。」
李は先日のカイと同様、手の平を見せた。
李が目を閉じるとその額には虎の印が浮かび上がり、その手の平の上には小さな雷が。
「村人に被害が出ては大変なのでこの位にしておくが・・・・。」
「李が本気になると凄まじい雷が落ちるぞ?」
仁が言い添える。
ニヤリと笑む李。笑うと光る牙が口元から覗く。
「ではお疲れだと思うので・・とりあえず貴方達の宿へ参りましょう。」
そうして連れて行かれたのは、二つの小さな家。
「仁はいつもの部屋でいいだろ?そこを弟さんと二人で使ってもらって、こちらは火渡さんに。」
「俺はカイと一緒がいい!」
しまった・・・。思わず口から出てしまった。
案の定、金李が目を丸くする。
「あーまー。この二人は・・・そういうことだから・・・。」
仁が頭を掻きながら説明すると
「・・・そうか。じゃあこちらは火渡さんとタカオ君で。」
「・・・・・驚かないのか?」
俺はちょっとビックリして問うと、李は
「日本ではどうだか知らないが、世界ではそんなに珍しい事ではないからな。実際、仁も・・・。」
李が困ったように笑った。
その意味が良く分かり過ぎて、俺もカイも顔を見合わせて苦笑した。
中に入ると質素ながらも生活に必要なものは揃っていた。
部屋の隅に荷物を下ろすと、俺は思い切り寝台に寝転んで。
「ふ〜・・。やっと一息つけるぜ・・。カイも疲れただろ?横になれよ。」
「・・・・。」
カイは無言のまま、隣の寝台に腰かけた。
「違うって、こっち!」
カイは少し頬を染める。
「・・そんな事できるか!まだ陽は高い。それにお前の兄やあの李とかいうヤツが、いつ来るかもしれんだろう!」
「大丈夫だって。ちょっとだけ・・・。」
カイが来ないのなら、こっちから行くまでだ。
俺は立ち上がり隣の寝台に腰掛けるカイを押し倒して覆いかぶさった。
「あ〜〜・・・・癒される・・・・。俺、カイを抱いてる時が一番幸せ・・・・。」
「この、馬鹿が・・・・・。」
そして唇を重ねた。
それからの日々は。
朝は夜明けと共に起きて、農作業や家畜の世話の手伝い。
そして牙族の若者達に混ざって身体能力を高める為のトレーニング。
俺も色々武道には手を出しているし、カイも護身術は身につけていてそのレベルはそれなりに高い筈だ。
なのにここのヤツラときたら、俺たちの比ではなく強い!
俺が悔しさを露骨に表すと、李が笑顔で言った。
「そんなに悔しがる事はない。タカオ君や火渡さんのレベルも相当なものだ。
ここで修行したらもっと強くなる。
仁が初めてここに来た時もそうだったか・・・今は牙族に混ざっても見劣りしない。
いや・・・精鋭部隊に加えても良いほどだ。タカオ君はその弟なんだから、必ず強くなれる。」
「そう・・・かな?」
「ああ!」
幼い頃から剣道をはじめとしてトレーニングを続けてきた。
だからこういう修行は嫌いじゃない。
大自然の中で・・・ここの木々はとても幸せそうだった・・・・太陽の下で、青空の下で太古よりやって来た暮らしを続け、生きていく。
なんて気持ちがいいんだろう。
こんな生き方も、あったなんて・・・。
そして時々、俺とカイそして李は語り合った。
同じ年頃の青年、同じ四神。
あっという間にファーストネームで呼び合う間柄となった。
「李はいつ頃から白虎だと分かったんだ?」
「覚えてないくらい幼い頃だ。小さな頃から稲妻を出して遊んでいたらしい。それを見た長老が白虎だ・・と言ったらしいが。」
「稲妻で遊ぶって・・・・。」
俺は引き攣り笑をした。
「カイはどうなんだ?」
李が問うと
「・・・・俺も似たようなものらしい。」
カイが静かに答えた。
「二人ともすごいのな。俺なんて何にもできねーし。」
「だがタカオは間違いなく青龍だ。俺には見える。カイにも見えてるんだろ?」
「ああ。」
「でも俺には、カイにも李にも何にも見えないし感じないぞ?」
「そのうちできるようになるさ。・・・・それに・・・・・そんな事ができても何にもならない。
自然災害に襲われた時などは、俺はなんて無力なんだろうと思い知らされる。
皆が白虎だとありがたがるが、俺は神でもなんでもない。
只の人だ。何も・・・できないんだ。」
それにカイが李と同じような苦い顔をした。カイも同様に感じているのだろう。でも・・・。
「なあ、李。四神全てが揃った時、大いなる力がもたらされるって話、聞いたことあるか?」
「ああ、そうらしいな。今、ここに三人、そして・・・。」
「アメリカに一人。」
カイが言う。
「そう、この世界に四神は揃った。こんなことは神話以外にはなかった。」
「・・・・何が起きているんだろう。どういう事なんだろう。
『大いなる力』ってなんなのか考えた事あるか?」
俺が問いかけると
「わからん。確かに俺は雷を出せたりするが、それだけでは何にもならない。
それは朱雀や玄武、青龍も同じだろう。
それが四人同じ場所に集めても、何がどうなるとも思えんが・・・。」
「だが・・・・・。」
カイが不快そうに呟いた。
「その力で世界が手に入ると思い込んでいる大馬鹿者もいる。」
「・・・・・・・・。」
一同、静まり返ってしまった。
「俺、やっぱり玄武にも会ってみたいな。会ってどうなるとも思えないけど。」
その時。
「呼びましたカ〜?」
やけに明るい声に、俺たちは振り向いた。
そこには金髪碧眼の明るい笑顔の美青年。そして俺の兄。
「やあ、久し振り!」
と仁は飄々と言う。
「兄ちゃん!突然姿を消したと思ったら、どこに行ってたんだよ!」
「まあまあ・・!こちらは水原マックス君。李やカイにはもうお分かりかと思うが、玄武だ。」
「よろしくネ〜!」
ニコニコと握手を求めてくる。
「どういう事だ?」
カイが詰め寄ると、マックスが自ら説明した。
「ボク、アメリカで研究職に就いてました。ママと共同研究ネ。
それになんの不満もなかったんだけど、キミ・・カイのお爺さんという人が現れて、日本の研究所に来ないかと口説かれましタ。
設備もお給料も申し分なかったんだけど、ボクはアメリカでの環境が好きだったので断りました。
それからすぐ、この仁さんが現れて、ボクの身が危ないと教えてくれたんデス。」
「火渡の会長は、恐らく強硬手段に出るだろうと思ってな。」
「そしてボクが玄武だとも教えられました。玄武ってナンデスカ?調べてみたんですがサッパリデス。
でも、中国へ行けば仲間がいると仁さんが言いました。仲間には会ってみたいな、と思ってついて来ました。
有給休暇、いっぱい溜まってましたカラ。」
ニコニコニコニコ・・・・・。
どこまでも笑顔を絶やさないこの青年、只者じゃない。
「・・・・。確かに・・・・玄武だ。」
李が言った。カイも黙認している。
「でも、ボクにはサッパリ、ワカリマセ〜ン!」
「俺もそうなんだ!!仲間だな〜〜!!」
俺が手放しで喜ぶと
「そうデスカ!仲間ネ〜!」
マックスが抱きついてきた。
仲間だ仲間だ!と大喜びしている俺とマックスに、やけに冷静な李とカイ。
それを機嫌良さそうに見守る仁。
「それでなんだが、李。マックス君を泊める場所はあるか?」
「実は、もうないんだ。だから申し訳ないが・・・俺の家で良いか?」
「モチロン!お世話になるネ〜!」
「俺の宿は、もう一人泊まれるぞ?」
仁が鼻息荒く申し出たが
「そんな危険な所へ大事な客人を泊められるか。」
李によって一刀両断されてしまった。
「・・・・・俺って相当信用ないんだな・・・・・。」
ションボリとしおれてしまった仁。
「兄ちゃんは、日頃の行いが悪すぎるんだよ!」
それから。
4人の日々が始まった。
マックスの人柄もあり、あっという間に打ち解けた仲となった。
そして図らずも、この中国の奥地で四神全てが揃ったことになる。
「なあ。大いなる力って感じられるか?」
「・・・・。」
「感じないな。」
「なんの事ですカ〜?」
四人揃ってから、もう何日にもなるが、何も起こらない。
ぷ・・・・くっ・・・・はははははは・・・・・!!
俺と李は顔を見合わせて笑った。
「なんにも起こんねーじゃん!」
「そのようだな。」
「くそっ!・・・こんな事の為に、俺達は追われたのか・・・。」
「?なんだか良くわかりませんが、どうしたんですカ〜?」
李がマックスに説明した。
「ナルホドネ〜。大いなる力で自然界を支配して世界征服・・。
なんだかアニメみたいネ。そんなコトに巻き込まれる所だったとは驚きましタ。
でもボク、玄武だって言われてもイマイチピンとこないし、玄武として何かしろ!って言われても無理ネ。」
「俺も。カイや李みたいに何かできる訳じゃねーもんな〜。
でも、カイみたいに炎を操れて、李みたいに雷を操れたら・・・変な話、それを使って脅迫ぐらいはできるよな。」
「よしてくれ。俺は人々を困らせたいとは思わない。」
李がキッパリと言う。
「何かある筈だとは思う。こんな力が蘇った以上は。しかも4人揃ったんだ。
それは人を脅かすようなものではない筈だ。少なくとも神と言われているのだから。」
「俺は・・・大いなる力がなんなのか、ずっと考えていた。」
珍しくカイが口を開いたので、皆の瞳が一斉にカイに向けられた。
「最初はデタラメだと思った。只の伝説に過ぎないと。そんな事のために爺が奔走しているのは馬鹿げていると。
しかし少なくとも俺は火を操れる。これは一体なんなのだろう、そう思っていたら青龍に出会った。
そして玄武が見つかったと知らされ、中国で白虎に会えた。これは只事ではない。
俺と李は既に力を使えるが、タカオやマックスもいずれは使えるようになるだろう。
火、風、雷、水。これ等を操れる者が、ここにいる。それだけでも「大いなる力」には違いない。問題は、それをどう使うかだ。」
皆が静まり返る。
「爺のようなヤツに踊らされる事だけは防ぎたい。」
タカオはカイの肩を抱いた。
「そうだな。俺たちは人形じゃない。」
カイがタカオを見上げる。
「一緒に探していこうぜ?俺たちの「答え」を。」
カイの紅い瞳が和らいだ。
ひゅ〜♪マックスが口笛を鳴らすと、二人はハッと我に返る。
「照れることないネ!二人の明るい未来の為にも、ボク達、頑張らなきゃ!」
「・・・そうだな。」
李も微笑みながら頷く。
そんなやり取りを、仁はニコニコしながら見守っていた。
「なあ、カイ。俺達はこれからどうしたらいいんだろうな。」
その夜、俺はカイと二人、寝台に横になり語りかけた。
「・・・・。爺に踊らされる事だけは防ぎたい。それは間違いないのだが、一体どうすればいいのか俺には分からん。」
「俺達、ただの学生だしな。ただの学生と世界の火渡の最高権力者。どう考えたって勝ち目ねーよな〜。」
「・・・・・・。」
「下手したら、ここで一生を送らなければならなかったりして。」
俺は半分冗談、でも半分はそれもあり得る事だと思った。
「・・・。それはそれで構わん。」
「カイ?」
「お前はどうする気だ?ここで一生を送らねばならなくなったら。」
カイにそう返されて、俺は自らの事を話し始めた。
「俺は・・・・。俺、さあ・・・K大学入ったのって、特になりたいものがあったわけじゃないんだ。
まあ、勉強はできる方だったから、ここかT大かと思ったんだけどT大落っこちちまって・・・。
でも今にして思えば落っこちて良かったな〜。
T大に入ってたら、カイに会えなかったわけだし。やっぱ、運命の出会い?」
「・・・・真面目に答えろ・・・・。」
カイが冷たい瞳で睨み付けてきた。
「悪い悪い!まあ、どっちの大学にしても、そこを出たらそれなりの企業に入れるだろうって事しか考えてなかった。
学歴神話は崩れつつあるけど、それでもないよりはあった方が良いとも言うし。
でも、もしここにいるとしたら、そんな学歴なんて、それこそ何の役にも立たねーよな。
・・・・そういうのも悪くないかもって・・・思う。
日本にいたらさ、それなりの所に勤めてないと、給料だって満足にもらえないし生活だって大変だ。でもここなら・・・・。」
俺はカイを見つめた。
「・・・・・。」
「俺、カイがいて、そして幸せに暮らせたらそれでいい。
・・・むしろ、日本にいたら俺達二人の将来は絶望的だけど、ここなら生涯一緒だ。
俺、カイを絶対はなしたくない。」
「・・・タカオ・・・・・。」
カイは涙を一粒流した。
「・・・俺は・・・俺は日本になど帰りたくない・・・・。
火渡なんかうんざりだ!俺はお前さえいれば、どこでも・・・・・!」
「カイ・・・・。」
俺はカイを組み敷き、その言葉を唇ごと奪い去った。
眩しい朝日が部屋を照らす。
昨夜はそのまま眠ってしまったので、俺もカイも何も身につけていなかった。
おはようのキスを交わした後、俺は真面目に言った。
「でも・・さ。やっぱ隠れてばっか、いられねーよな。」
「・・・・わかっている。」
昨夜は感情に流されてしまったが、そんな事は俺もカイも分かりきっていた。
「火渡の爺さんから解放されて、俺とカイの未来も安泰。そんなの、ねーかな〜。」
「・・・・・そんなものなど・・・・・。」
ありはしない────そう言おうとした時、タカオはニッコリ笑った。
「一緒に考えようぜ?きっと何かあるはずだよ。」
カイにはタカオの微笑みが・・・後ろの窓から差し込む朝日のような・・・眩しい光に見えた。
ついに四人揃いました。(キョウジュ、ゴメンよ〜・・笑)
(2008.9.30)