翌朝。


「おはよう、カイ。」
「・・・・・。」
「タカオがまだ起きないって?」
「ああ。」
「全くタカオの寝坊も相変わらずだね。じゃあ、我々だけで朝食を済ませようか。」


朝日の差し込む気持ちのいいダイニングルーム。
本格的なイングリッシュ・ブレックファスト。
「イングランドでおいしい食事にありつこうと思ったら、朝食を三度食べることだ」
との皮肉とも思えるこの言葉は有名であるが少食のカイには少し多すぎる。
それぞれ少量だけもらう事にした。
さすがに英国随一の名家だけあり、味は申し分ない。


大方の食事もすみ、食後の香り高い紅茶をいただき寛ぎの時間。




確かに。
こんなにのんびり穏やかに過ぎていく時間はカイには久しぶりだった。

何を考えているのか相変わらず分からない連中だが
大切な旧友達と久しぶりにベイバトルに興じつつタカオと共に過ごす、穏やかな時間。

この旧友たちの真の目的や置いてきた仕事が気にならない訳ではなかったが
どこかで安らいでいるカイがいた。

仕事は奴等(父親や重役)がロンドンへ行けと言ったのだから、その責任において何とかするだろう。
それが社会人というものだ。


焦る事はない。
そのうち真実は見えてくる。
こいつ等はそういった連中だ。昔から・・・。

今は・・・・タカオの言うように予期せぬ休暇を楽しませてもらうとするか・・・・。


タカオはまだ起きてこない。

そんな心積もりもなく、いきなりロンドンまでやって来てその日にバトル三昧。
さすがのタカオも疲れたのだろう。
それなのに・・・・。
昨夜は少々無理をさせすぎたか・・・・
と、密かに反省しているカイがいたことには、誰も気付かなかったようだ。


タカオを抱く時、俺は自分を抑えられなくなることが多々ある。
例えば昨夜のように。
もっと鳴かせてやりたい。
もっと強請らせたい・・・・だからつい、焦らしてしまう。
もっと。もっと・・・・・求めて欲しくて・・・・・。
俺だけを・・・・。

タカオは誰にとっても光だ。
昔から誰彼構わず惜しげもなくその清浄な魂をさらけ出し、救いをもたらしてきた。
本人は全く無自覚なようであるが・・・無自覚故にかえってタチが悪い。
今まで何人・・・・そんなタカオに懸想してきたことか。
レイ・・・ユーリ・・・蛭田もそうだったな・・・。
他にもキリがない。
このユーロの連中とて・・・・ある意味タカオの魅力に取り付かれた輩だろう。

大学でのタカオ。剣道部でのタカオ。
俺の知らないところで・・・・あんなにも輝いていたタカオ。

俺は・・・案外嫉妬深い。
自覚はある。
タカオの気持ちに自信はあるがやはり・・・
できれば自分だけに向けて欲しいと心のどこかで願っている。
あの清い魂を・・・・その光を・・・・。







「大分・・・苦労しているようだね。」
オリビエが突然話しかけたので、つい物思いに浸っていたカイはハッと我に返った。
「・・・・・。何の話だ。」
真意が分からず聞き返すが
「君と・・・・タカオの事だよ。」
「・・!」
いきなり核心を突かれ、その瞳の紅に鋭い色が浮かんだ。

「まあまあ・・・そんなに怖い顔をしないでくれたまえ。
ここにいる4人は多かれ少なかれ・・・どういう意味であれ・・・タカオが大好きでね。
勿論・・君のこともだけどね。
昔、君と・・・タカオのことを聞いた時はショックだったよ。」
カイの様子になど構うことなく、オリビエはティカップを受け皿に戻しつつ続けた。
さすがはオリビエ、といった所だろう。並の人間ならカイの視線を受けて平静でいられるはずはない。

「何が言いたい・・・。」
カイの言葉にさらに威圧感が増す。

「あのさー。僕たちはタカオに幸せになって欲しいんだよ。
僕なんか一時期女の子達に無茶苦茶言われちゃってさー。
『アナタはあたし達の事なんて全然見てないじゃないの!』って。
わかるんだね〜。他に好きな人がいるのって。女のカンは鋭いからな〜。
・・・・・・。ホラホラ・・。
恥を承知で昔の恋を語ってるんだから・・・そんなに怖い顔しないで、少しは信用して欲しいな〜。」
ジャンカルロが肩をすぼめおどけて見せた。
「貴様が・・・・タカオを・・・・?」
「そんなんだよ〜。ハハハ。笑っちゃうだろ〜?
ま、君には敵いそうもないから、今はすっぱり諦めたけどね〜。オリビエも・・・だったよな〜。」
「おいおい・・・僕に話を振らないで欲しいな。
まあ、ジャンの話は冗談として。皆タカオの幸せを願っているのは本当さ。」
「日本はそういうことに関しては相当頑固なようだからね〜。」

「そこで・・・・どうだろう。火渡のヨーロッパ進出を考えてみないか?」
反対方向からラルフが口を開いた。
カイは驚き振り向く。
「なんだと?」
話があちこちに飛ぶ。一体彼等は何が言いたいのか。

「勿論、今も相当火渡がヨーロッパに進出しているのは知ってるさ。
私が言っているのはヨーロッパを日本に次ぐ第二の本拠地にする気はないか?ということだ。
考えてもみたまえ。ここに揃った5人。皆世界有数の財閥のトップだ。
それがたまたまベイブレードをきっかけに親交ができた。手を組まない手はないと思うが。」
カイは眉をひそめた。
「ヨーロッパ進出には我々と手を結ぶのが一番手っ取り早い。
そして将来的に日本の本社に負けないほどの規模になればそちらの経営を理由に・・・君とタカオはこの・・ヨーロッパの何処かに住めばいい。
ヨーロッパではそういう事に関しては日本に比べ、かなり融通がきく。」
「この辺りに住んでいれば僕らもいつでも口添えできるしね。
火渡の社長のことを、そんな事でとやかく言わせないさ。」
「一番いいのは君たちが大学卒業と同時にこっちに移り住む事だね〜。」
「勘違いしないで欲しいんだけど、僕らは私情だけで言ってるんじゃないよ。
そうした方が僕らの会社の発展にも繋がるしね。だから変に気にする事はない。」

予想もしていなかった申し出。
カイはテーブルに集ったユーロの旧友を見渡した。

「・・・・・・・。ジョニー。お前の本当の用件とは・・・・この事か。」
「・・・まあね。どうだい?悪い話じゃないだろ?」
「・・・・・・・・。」
カイには珍しく・・・暫く言葉にならなかった。




カイは現在大学4年。
社会に出るのは目前である。
今も頻繁に会社へ赴き現場を体験しつつ次期社長としての地位を名実共に築き上げつつあった。
火渡の長男にして火渡エンタープライズ次期社長。某超名門私立大学4年。22歳。
カイにその気がなくとも周りが放っておかない時期がきている。
実際お見合いのような話が何件あったか・・・。断っても断ってもキリがなかった。



昔、父や祖父には話をつけ承諾を得ているとはいえ(『wedding march』参照)
内心はどう思っているのか・・・想像するに易い。
無論文句を言わせるつもりはないが。


タカオとの事は世間に公表していない。
今は・・・まだいい。
子供時代からの友であるタカオの大学の関係で一緒に住んでいると善意に捉えてくれる。
だが、二人とも社会に出てしまってはそんな言い訳では納得しないだろう。

火渡の御曹司には浮いた噂一つない、と不思議に思う者が多い中・・・タカオとの関係を感づき始めた者もいるようだ。
言わせておけばいい・・・・と思う。思うが・・・・・・世間というものは異分子を容赦しない。
ましてや地位のある者であればマスコミなどが総力挙げて糾弾するだろう。
自分はともかくタカオをそういった興味本位で下品な視線に晒したくはない。

カイの心もタカオの心もとうに決まっていたが・・・これからのことは常に悩みの種であった。

この・・・ヨーロッパの旧友達はそういったことを全て理解した上で申出てくれているのだろう。
タカオの幸せの為に。
そしてそれは自社の発展にも繋がる。まさに一石二鳥。



だが。



「・・・・逃げ出すのはゴメンだ。それでは負け犬になってしまう。」
きっぱりと宣言する声は明確だった。
「俺も・・・アイツも・・・日本で頑張っていこうと決めた。恐らく・・・タカオも同じように言うだろう。」

「その通りだぜ、カイ。」
と、その時背後からもう一つの澄んだ声。

「タカオ・・・。」
タカオはゆっくりと歩み寄り、カイの傍らまでやってきて手を腰に当てて呆れたように言う。
「全く、そんな大事な話、俺がいない時狙ってすんなよな〜。
ま、会社のことは俺にはサッパリ分かんねーけど。
でも。ありがとな?みんなの気持ち、スッゲー嬉しい。
俺たちは大丈夫だから。カイと一緒なら頑張っていけるから。」
ニッコリ笑ってタカオも宣言し、そして幸せそうにカイと瞳を交し合った。

ただただその様子だけで、どれだけ二人が信じあっているかが滲み出ていて
見ているこちらが恥ずかしくなってしまう。
そんな姿を見せられては。

「・・・・ま、そう言うだろうとは思ったがね。」
ジョニーが苦笑する。
「相変わらず頑固だね〜。」
ジャンカルロも茶化した。

「だが・・・・・。マクレガーはともかく・・ユルゲンス、ポーランジェ、トルナトーレ家と手を結ぶ件は・・・前向きに考えたい。」
「カイ・・・・!」
「・・・・・ありがとう。心遣い、感謝する・・・・。」
微かな笑みを浮かべつつ暖かな色の紅い瞳で静かに、しかしハッキリと。
そのカイの言葉には嘘偽りがなく
心からの感謝の気持ちが込められている事を、ここにいる誰もが理解した。
「ふふ・・・・。じゃ、今ここに・・・僕らのヨーロッパ連合(?)結成・・だね。」

ここに集った6人、皆が満足げに瞳を交し合った。
こんな所でヨーロッパ経済の未来が決まったとは誰が想像するだろう。

「ところでちょっと質問なんだが・・・・君らの指に輝いているのは、もしかして婚約指輪かい?」(『聖なる夜に』参照)
先ほどの二人を見て苛めてみたくなったのだろうか、オリビエが意地の悪い質問をした。

「え!?あ・・・・!!」
カイもタカオも同時に指輪をもう一方の手で隠し俯いてしまった。
タカオはともかくいつもクールでポーカーフェイスのカイまでが
全く同じ仕草で同じように耳まで真っ赤になって。
まるでマンガの一コマのようで可笑しい・・・というか可愛らしいというか。
とても微笑ましく見えた。
幸せになって欲しい。この大切な旧友には。

「ははは・・・・君らは本当に素直というか馬鹿正直というか・・・。」
「なんだと?」
カイが真っ赤な顔で抗議する。だがそんな顔で抗議されても全く説得力がない。
「まあ、そう怒るな。みんな君らが羨ましいのさ。」
ラルフが楽しげに言った。

「ふふふ・・・・まあ、そういうことさ。
そんな訳で婚約指輪の交換も無事済んでいるようだしその後やる事といったら・・・結婚式だね!」
ジャンカルロが嬉しそうに笑う。
「小さいが華やかな庭園に会場を用意しよう。」
とジョニー。
「料理は僕が腕を振るわせて頂くよ。」
手を胸に当てつつ軽くお辞儀をするオリビエ。

突然、突拍子もないことを言い出す旧ユーロ。

「おい!」
「な・・・何言ってんだよ!」
カイとタカオの抗議の言葉など全く届いてないらしい。

「式にはお客さんも必要だね。」
「そうだな。誰を呼ぼうか?」

それを聞いてギョッとしたタカオ。

「ちょーーーーーーっと待った〜〜〜〜!!」
タカオが大声で怒鳴ると皆ようやくタカオの方に目を向けた。

「式なんて良いから!だから誰かを呼ぶなんて事もしなくてもいいから!!
みんなの気持ちだけで充分!ありがとう!!」
今いるメンバーだけで、というならともかく。
タカオは自分たちのように誰かが拉致されて連れて来られるのでは・・・と恐れた。
それくらいの事は平気でやってのける連中だ。

「そうかい?でも、もう呼んでしまったのだが・・・・。」
「は??」

たった今「呼ぼうか?」と言っていた所ではないか!
なんという根回しの良さだろう?彼等は初めからそのつもりで・・・?
そして一体誰を・・・・・??

バンッ!と扉を勢い良く開けて入ってきたのは。
「タッカオ〜〜〜〜っ!!
very very 久しぶりネ〜〜〜〜!!元気でしたか〜〜〜!?」
後ろから思い切り抱きつかれそのまま倒れこんでしまった。
こんなふうにいきなり抱きついてくる友達など、世界中に一人しかいない。
しかもこの妙な日本語、間違いなく・・・。
「マ・・・・マックス〜〜〜!!!」
「タカオ〜〜〜!会いたかったネ〜!」
「マックス!ちっとも変わってねーな?」
「タカオも相変わらず、very cute ネ〜!!」
倒れてもなお、抱きつくマックス。
「わ・・・わ〜〜!やめろったら・・・くすぐったい・・・!」
顔中にキスの雨を降らせるその様子は傍から見たらかなり怪しい。

「おい・・・。」
マックスはこういう性格なのだと分かってはいたが、さすがにこれ以上見過ごせるものではない。
カイは只ならぬオーラを纏わせマックスの肩に手を掛けた。

背後に殺気を感じたマックスは。
「ワオ!カ・・・カイ・・・・久しぶりネ〜v。」
引き攣り笑いを浮かべつつタカオから離れて立ち上がると。
「カイ〜そんなに怒らないネ〜。嫉妬深いのはヨクナイデスv。」
「・・・・フン・・!」
久しぶりに会ったマックスはかなり大人っぽくなっていた。
金髪碧眼、その甘いマスクはハリウッドスターだと言われれば誰もが信じてしまうだろう。
そんな姿で子供の頃と全く変わらない行動をとる。
さすがはマックス!と言うべきか。
無邪気な笑顔もあの頃のままだ。それがかえって魅力的なのだが。
カイと並ぶとタイプの違う美形青年同士。恍惚の溜息が漏れそうである。



「ははは・・・。全く、相変わらずだな。」
「ほんとに。」

マックスが入ってきた扉の辺りから別の・・・懐かしい声に振り向くと・・
「・・・レイ!!キョウジュ!!」
「やあ、久しぶりだな。タカオ、カイ。」
「これでBBAチーム、揃いましたね!」

タカオ、カイ、レイ、マックス、キョウジュ。
懐かしい顔ぶれが何年かぶりに揃った。

皆、どこかあの頃の面影を残しつつ、しかしもう大人の姿だった。
いつの間にか流れた年月の長さを思わざるを得ない。

「レイ!なんだかすごく逞しくなったな〜。元々逞しかったけど、野性味が増したって言うか。」
レイはあの頃とあまり変わらない中国服を身に着けていた。
背が伸びて腕は筋肉でさらに太くなって。
日焼けした美麗な容貌に金の瞳が光る。
「そうか?あれからも世界中渡り歩いていたからな。」
そう言ってニッ・・と笑う。覗く牙が可愛らしく光るのもあの頃のまま。
この笑顔に泣かされた男も女も数多くいたという・・・。
「タカオも逞しくなったぞ〜?相変わらずチビだけどな?」
「・・・・。なんだよ、それ〜。」
タカオはぷ〜っと膨れっ面をした。
「はははは・・・・!ホント、タカオは相変わらずだな。安心したよ。」



「キョウジュも久しぶりだな?元気だったか?」
「ええ。お蔭様でv。」
キョウジュも相変わらずメガネを頭につけたスタイルは健在だったがやはり大人になったと言うべきか。
パソコンを片時も手放さない所も変わっていない。いかにも研究に人生を捧げた男という感じである。
だが、キョウジュは見かけよりずっとタフである事は誰もが知っていた。
好奇心旺盛でその知識欲にはどこまでも貪欲なので、今もパソコン片手に走り回っているのだろう。









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甘ちゃん的展開ですいません・・・・。