「滝?」
俺が聞くと、マックスは嬉しそうに答えた。
「ハイ!素晴らしく綺麗な所!龍神様も棲んでいそうな所でした!」
すると李は。
「確かにあの滝はなかなかの場所だな。実際、あの滝を拝む者も多い。
どうだろう?明日、皆で行ってみないか?」
そう言われて、俺はカイを振り向いた。
「・・・俺に異存はない。」
「じゃ、決まりだな!明日の予定が決まった所で、メシだ、メシ〜〜〜!!」
──人間だけが、自然に調和できない。
何故、この美しい世界に人間がいる?
なんて昼間、思ったけど
確かに人間のやっていることは自然に反する事が多いけど
人間も自然から生み出されたもの。
カイといると・・・そう思う。
カイに対する、この気持ち。
この気持ちを抑えるなんて、とてもできない。
初めてカイに会った時、カイをひと目見た瞬間・・・好きになった。
カイといると、それだけで幸せな気持ちになれる。
カイと触れ合えると・・・・もっと幸せに・・・・満たされる・・・・・・。
同性で、という点では自然の摂理にそぐわないかも知れない。
でも・・・人が人を好きになるのは自然なことだ。
大自然の一部だ。
カイと体を重ねると・・・こんなにも安らげる・・・・・・。
今日も互いの胸の鼓動を、体温を、直に感じながら眠りにつく。
俺もカイも・・・レイもマックスも・・・・みんな、みんな自然の一部・・・・・・・。
誰もが皆、そう思う事が出来たら、実感できたら・・・何かが変わるんじゃないだろうか。
そして翌日。
マックスの言った「すごい滝」を目の前にした時、俺は言葉もなく立ち尽くした。
それは、ナイアガラやビクトリアの滝のような巨大なものではなかった。
落差もそれらには遠く及ばない。
だが、形はビクトリアの滝によく似ていた。
水流による岩の浸食の為だろう、巨大な岩盤が奥へ長く切り込むように裂けていた。
下から見上げると、空が岩でくり抜かれたような景色だ。
その岩壁の至る所から滑り落ちるように流れる水、水、水。
水が流れ落ちる音、大気いっぱいに溢れる水しぶき。
滝の勢いに混ぜかえされる滝壺の水も、息を呑むほどの透明度。
清流。清らかな水の流れ。
その清らかな水が、絶え間なく流れ落ちる。
この勢い、この迫力。
ああ、なんて気持ちがいいんだ。
心が、精神が澄んでいく。
細胞の一つ一つまでもが浄化されていくような、そんな気がする。
清流。青龍。
音が同じなのは偶然?
水・・・水の声・・・・今にも清らかな龍が姿を現しそうな・・・・。
一瞬のうちに水流の姿かたちが変わっていく。
まるで生きているみたいに。
同じ姿は二度とない。
一瞬で全てが変わる・・・移ろいでいく・・・・・。
「青龍・・・。」
俺が無意識のうちにそう呟いた時、マックスも同じように呟いていた。
「玄武・・・。」
その時、その場の空気に異変が起きた。
思い思いに上がっていた水煙が、一つの場所へ集まっていくように見えた。
その時、静かな風が起こり、滝の中央で小さな竜巻が起きた。
その竜巻には、水煙が集まって出来た水の粒が円を描いてぐるぐると回り、それが太陽の光を乱反射させて
水粒の竜巻の周りに虹色の光を放った。
一瞬の事。
あまりの美しさに目を奪われて我を忘れて・・・俺の中の時間が止まった。
「あ・・・!」
と、俺達は思わず声を上げると、次の瞬間にはそれは霧散してしまい
何事もなかったかのように、元のように水煙は思い思いに上がり、風もやんだ。
しかし・・・今のは・・・・・。
「マックス・・・見たか?」
「うん・・・見た・・・。」
そして俺とマックスは、同時に背後のカイとレイを振り向いた。
カイは、他の人間が見たら無表情に見えたかもしれないが、俺には分かった。
紅い瞳があたたかく俺とマックスを見つめていて、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
レイは微笑みながら
「やったな。」
二人の反応を見て、今のは夢ではなかったのだと確信できた。
「マックス!」
「タカオ!」
「やった〜〜〜〜〜〜!!」
俺達は大喜びで、盛大に抱き合って飛び跳ねた。
「な、な、マックス!もう一回やってみようぜ!?」
「OK!」
しかし、今度は何も起こらなかった。
俺達がガッカリしていると。
「馬鹿が。興味本位でやろうとするからだ。」
と、カイからキツイお言葉が。
「思い出してみろ。先程のお前達の心を。
ここに立ち込める「気」とお前の「気」が完全に同調してはいなかったか?
お前の「気」と、ここの神聖な「気」、そしてマックスの「気」が一つになった、その時に・・・。」
「そう。そんな感じでした。あの不思議な・・・神聖な感じ。
あれが聖獣の「気」を操る・・・いや、操るってのはちょっと違うネ。」
「ああ。こことは違う、遠いどこか・・・なんて言ったらいいんだろう?
こことは次元そのものが違うような、遠いんだけど近い所。
そこへ俺の・・・俺とマックスの「気」が昇っていって、全てが溶け合った・・・・そんな不思議な感覚だった。」
「そう・・・本当に・・・不思議としか言いようがない、あの感覚。
今、こうして思い返してみたら、あまりの壮大さに身震いがするネ。」
「カイもレイも・・・・いつもこんな感覚だったのか。
力を発揮する時、いつもあんな所へ「気」を飛ばしていたのか・・・・・。」
「なに、慣れればすぐさ。」
レイが笑った。
慣れれば。
なんだか気の遠くなるような話だ。
俺は無意識のうちに自らの手を見つめ、そしてカイに視線を移した。
カイの紅い瞳が、何か言っているような気がした。
満足げな・・・喜んでくれている・・・微かに・・微笑んでいる。
そういえば、カイの笑顔って、あまり見た事がない・・・・・。
綺麗な笑顔。
・・・と思っていたら
不意に何か込み上げるものがあるように表情が崩れてしまって。
あ、と思う間もなく
カイはクルリと振り向くと、どこかへ行ってしまった。
「カイ!」
俺は慌ててその後を追った。
「カイ?タカオ!?」
マックスもその後に続こうとしたのだが、レイがそれを止めた。
「・・・?」
「大丈夫だ。タカオに任せておけ。あいつ・・・カイは嬉しいだけさ。あと、戸惑い・・・もかな。
俺達まで追いかけるのは無粋ってもんだ。」
それを聞いてマックスは笑顔で納得した。
「なるほど。カイも相当、不器用ネ〜。」
「さあ、マックス。せっかくの機会だ。ここで気を研ぎ澄ましてみろ。」
「OK〜!」
カイは何も考えず、滝から森の中を駆けていき、ある大木の根元で立ち止まった。
その大木に手の平を当てて触れる。
木の幹の感触が、あたたかい・・・・・。
「・・・っ・・。」
熱いものが一筋、二筋・・・頬に流れて落ちた。
何故、俺は泣くのだろう
と、カイは思ったが止まらなかった。
タカオが青龍だったから?
間違いないと証明されたから?
それは間違ってはいないが、違うような気がした。
初めて・・・カイが力を発揮した時。
恐ろしかった。
それと同時に、なにか・・厳かな畏怖。
そして疑問。
何故、火が出る?
そのうち両親や祖父の知るところとなり
祖父は大いに喜んだが、両親は悲痛な表情を隠さなかった。
祖父の喜びは、あまり良い事ではないと・・・その時、幼いながらもカイは感じていた。
何か邪悪な、空恐ろしいものを感じたのだ。
しかし、初めて力を発揮したタカオは・・・・あの現象は・・・・・。
美しかった。
この世のものとは思えぬほどに、美しかった。
あの喜びの表情、無邪気な・・・本当に嬉しそうな・・・純粋な笑顔。
美しい大自然の中、光の中、皆の祝福の中・・・・。
あれが、タカオなのだ・・・・・。
そう思うと、また、涙が溢れてきた。
「カイ!」
背後からのタカオの声に、カイは慌ててタカオに見えぬように涙を拭った。
あの滝からそれほど距離を走った訳ではないが
なにしろ大自然の森の中なので
平地を走るのとは違い、かなり苦労して追いかけたような気がした。
カイはこんな森をあんなに身軽に駆け抜けたのか、と内心驚きつつ。
ようやくカイに追いついて、俺はホッと溜息をつきながら声をかけた。
「カイ、どうかしたのか?」
「すまない・・・なんでもない・・・。」
と背を背けるものの、俺はカイの所まで来てしまったので気づいてしまった。
「泣いて・・・いたのか?」
「・・・・。」
「なんで・・・。」
「何でもないと言ったろう。」
涙の痕を見られたくないのだろう、カイは頑なに顔を背ける。
「カイ・・・。喜んでくれてるのか?」
俺はカイの肩に手をかけて振り向かせた。
まだ濡れている長い睫、潤んだ瞳、朱に染まった目元に、思わずハッ・・と息をのむ。
「・・・・。まだまだ・・・これからだ。」
伏し目がちに瞳を逸らして言うカイに。
「・・・・。」
引き寄せられるように唇付けた。
あまやかな、涙の味がした。
唇だけを離した至近距離で、俺はふと思った。
この体勢、この感じ・・いつかもあったような・・・・。
「そうだ!」
「・・・?」
いきなり俺が言うから、カイが怪訝そうな顔で見上げる。
「この感じ、前もどこかで・・と思ったら。初めてキスした時!こんな感じだったな!あの時も木の根元で、こんなふうに・・・・。」
「ば、馬鹿!変な事を思い出すな!」
カイが頬を染めて慌てた。
「変な事じゃねーよ。俺とカイが初めてキスしたんだぜ?記念すべき出来事じゃないか!」
そして俺はニッコリと笑った。
カイはふてくされたような顔で、俺を見上げる。
その顔があんまり可愛かったから・・・・・また、ちゅ・・・と唇付けてしまった。
そのままカイを抱きしめて、ぎゅーっと密着して・・・キスの余韻と互いの温もりを全身で感じて・・・・。
こうしていると、静かなあたたかさが込み上げてくる・・・
全てが解きほぐされて和らいでいくような気がする・・・
とても安らいだ気持ちになれる。
カイもそう感じてくれていることを願いながら。
「・・・。少しは落ち着いたか?」
「・・・・。すまない・・・。」
「どうしたのか、聞いてもいいか?」
俺がそう言うと、カイは少しビクッとして俺の服をキュッ・・と掴んだ。
「まあ・・・カイが元気になったのなら、それでいいけどさ。」
カイの様子を察して、俺が慌てて言うと。
「タカオ・・・。」
「なんだ?」
「もう一度、見せてくれないか。俺に・・・。」
「え・・・。」
「頼む・・・。」
背中に回されたカイの手に力が込められた。
俺の力を見せる事と、さっきのカイの様子に何か関係があるのだろうか。
わかる筈もなかったが、カイがもう一度、と言うのなら・・・・まだ自信はないけど、やってみるしかない。
カイにこんな顔をさせたくなかった。
さっきの滝のところで見たような笑顔を、もう一度見たかった。
カイがいつもあんな笑顔でいられるように・・・俺は・・・・・・・。
俺はカイを胸に抱いたまま顔を上げた。
木々が鬱蒼と生い茂る森。
あの滝からそんなに距離がある訳ではないので、耳を澄ますと水の音が聞こえてくる。
陽の光が、木漏れ日となって降り注いでいる。
綺麗だ・・・・。
木々の間を吹き抜ける風が心地いい・・・・。
今度はカイの背に回っている俺の手に力が込められる。
意識しての事じゃない。
ただ、カイと一緒に、さっき飛んで行ったところまで行きたかった。
滝で、意識を飛ばしたあの世界、遠いけれど近いところへ、カイと一緒に行きたかった。
心を無にする。
風を感じる。
木々の声を感じる。
さっきの感覚を思い出しながら
空気を感じ、大自然の気を感じ・・・波長を合わせ・・・一つに・・・・・・。
・・・・・。
何も起こらない。
やっぱり、意識してやるのはまだ無理か?
と思い始めた時
心地よいぬくもりを感じた。
自然の気のぬくもり?
でも、それだけじゃないような気が。
あ・・・。
カイの気だ・・・・。
カイの気が、俺の中に流れ込んでいる。
気持ちいいな〜・・・・。
気持ちよくて・・・とても愛おしい・・・・・。
カイ・・・・・・。
燃えるような・・・突き上げるような・・・・
・・・・。
あれ?
「おい。」
カイが不穏な声と共に俺を睨み付けた。
俺のすっかり元気になったソレが、カイに当たっていたのだ。
「あれ?あはは・・・!」
俺は仕方なく苦笑い。
「笑って誤魔化すな。」
「だってよ。カイの気を感じたら、気持ちよくって・・・つい・・・ははは。」
「つい、じゃない!・・ったく・・、貴様は何よりもまず、煩悩をコントロールすることを覚える必要がありそうだ。」
「煩悩・・って・・・。ひっでーなー。人間、そういう気持ちがあればこそ、ここまで繁栄してきたんだぞ?」
「屁理屈はいい。」
呆れて溜息をつくカイは、いつものカイだった。
それに内心ホッ・・と安堵したものの。
カイに一体何があったのだろう。
何を思って・・・・・・。
「やっぱ、意識してやるのはまだ無理みたいだ。
カイと一緒に、さっき行けた所まで行きたかったんだけどな〜・・・・。」
するとカイは。
「俺も・・・お前と共に行きたかった。」
予想もしてなかった言葉に、俺は目を見開いて呆然とカイを凝視した。
「え・・・?」
「お前と共に行けたら・・・何かが変わるような気がした。」
「・・・・。」
「マックスが、少し羨ましい。」
こんなに素直に心の弱みを口にするなんて。
伏し目がちに呟くカイに、たまらくなって。
グッ・・と、カイの背に回していた腕に力を込めた。
何があったのかは分らないけど
カイに、こんな顔、させたくない。
「一緒に行こう。必ず。俺、頑張るから。」
「・・・。ああ・・・。」
もう一度、唇付けを交わした。
前の話を上げてから、4年半・・・・。
待っていて下さる方、いらっしゃるのだろうか・・・・・。
こんな超スローペース・・・なんとか書きたい・・・頑張ろう・・・・。
本当に申し訳ありません。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2016.2.15)