「恐らく帰りは遅くなる。」

コーヒーを飲みながら、簡単に今日の予定を話すカイ。
共に生活を始めてからというもの、いつもの光景なのだが今日はちょっとだけ様子がおかしい。
かなり・・・・気が進まない様子が簡単に見て取れる。

そうなのだ。
今日は全火渡グループの祭典。
数々の催し物、テレビ中継、大物アーティストの野外コンサート。
多くの火渡社員や一般人が押し寄せる。
関連会社役員やその家族なども大勢招待しており
夜はそれらの接待パーティが予定されていた。

ハッキリ言ってしまえば、カイにとっては苦手な事のオン・パレードだ。

「カイ・・・・・。」

タカオが心配そうに見つめる。

「大丈夫だ。いつまでも「苦手だ」などと言ってはおれんからな。」

カイはまだ学生とはいえ、時々会社へ顔を出し社長職の修行真っ最中だった。
英才教育は中学生の頃から始まっており、現場に出向く事は高校生の頃から。
カイ自身も思っているように、仕事自体はカイの性分に合っているようで
最近はすっかりヤリ手の次期社長ぶりが板についてきた。
この分だと大学を卒業後数年もしたら、社長職を継ぐことになるだろう。
そして根っからの研究者である進氏は晴れてお役御免、念願の研究職に帰り咲く事となる。
ところでカイと進氏にはタカオと付き合い始める前から、ある約束事があった。
それは総一郎も渋々ながら承諾済みである。(『wedding march』参照)
仕事も私生活も全てが順調に進んでいた。

仕事自体はカイにとって何の問題もないのだ。
だが、やはり世界を代表する巨大企業次期社長ともなると、様々な人間関係から逃げる訳にも行かない。

タカオが心配しているそばから、カイは無意識のうちに溜息をついていた。

「・・・・・・。」

タカオの手の中には「HIWATARI FESTHIVAL」のパンフレット。
それをギュッと握り締めた。

「なあ、カイ・・。」
「・・・?」
「俺、行ってもいいか?火渡のお祭りに。」
「それは構わんが・・・お前の相手をする時間は殆ど取れんぞ?
それに・・・・。」
「いいよ。俺、勝手に楽しむから。
それに。
誰に何言われたって、俺、大丈夫だよ。」

タカオはニッコリ笑った。

そうだ。
あの日、一緒に戦っていこうと決めたから・・・・・・。


「適当に顔、出すからさ。カイの予定のコピーかなんか、置いてってくんね〜?」










そして。




祭り会場のゲート前でポカーンと口を開けて呆然と立ちすくむ
まだ幼さが残る青年が一人。

「は〜〜、すっげ〜〜〜〜!さすが世界のヒワタリ!とんでもないぜ、これは・・・・。」

こういう祭典にはライバル企業の役員なども多く出席する。
火渡の力を見せ付ける為にもこういう祭典は年々豪華さ、派手さを増していくようだ、とカイが言っていた。

「そんなもので示そうとせずとも、実績を見れば火を見るより明らかではないか・・。」
と苦々しげに漏らしていた事を思い出し、タカオは苦笑した。


「・・にしても、これ、今日一日の為だけに用意されたんだよな?」

巨大で凝った美しいデザインのゲートには、着ぐるみを着た人たちも大勢いてまるでディ○ニーランドだ。
ちょっとした広場では華麗なダンスが披露されていたり、美しく楽しげなパレードが行進していたり。
また別の空間ではTV中継もされているようだった。

「あ、あのアナウンサーの人、いつもテレビに出てる人じゃん!
うわ・・・あんな大女優が来てる(しかも超美人!)。レイがいたら鼻の下、デレデレ伸ばしてんだろ〜な〜!」

そして少し遠くの方には小さいとはいえ、遊園地が見えた。
ここに元々あったものではない。この日の為だけに設置されたものだった。
ちょっと見回しただけでも、これ等を用意するのに一体幾らばら撒いたんだよ?と思わざるを得ない。
一般人のタカオには想像もできなかった。

とりあえずタカオは、華やかそうな目に付いた所を片っ端から見て回ってみることにした。
まるで何処かのテーマパークに迷い込んでしまったように子供たちは大喜びで
普段は仕事一筋(?)なお父さん達も家族と共に楽しんでいる様子がとても微笑ましい。




「あっ!貴方は!木ノ宮タカオさん!?」
振り向くと、テレビで見たことのあるレポーターがマイクを持って、テレビカメラまで従えて
大喜びな形相で脇目も振らず突進してきた。

「ひ!」
当然、タカオは逃げた。
あの結婚式以来、こういう事は何度あったか。いちいち数えていられない程だ。
あれ以来、予想通りというか・・・妙な視線で注目されるようになり、周りからはさり気なく距離を置かれるようになった。
大学で親しかった友人たちは殆どが潮が引くように去っていき、話しかけても引き攣った返答しか得られない。
やけに親しげに寄って来る者がいると思ったら、下種の勘ぐりが甚だしい者ばかりで。

全て予想していた事だ。
悲しくない、寂しくないといえば嘘になる・・・・が・・・。




なんとかゴシップ専門のレポーターを撒いたタカオ。
体育館のような所へ足を向けてみれば、やっぱりベイブレード大会が行われていた。

「お〜、やってるやってる〜♪」

火渡がBBAと共同し、ベイブレード界にかなり貢献しているのは周知の通り。
その次期社長であるカイが、初代世界チャンピオンBBAチームで「最強の男」と呼ばれていたことはあまりにも有名であった。
見渡すと当時のBBAチームの写真が飾られており、タカオはそこに幼い日の自分やカイの姿を見つけ懐かしそうに笑った。

「うわ・・・カイ、可愛い〜〜!ふてぶてしい態度が可愛すぎる!
レイもマックスもキョウジュも可愛い!懐かしいな〜。
俺なんて完全にガキじゃん!こんなにちっこい頃だったんだな〜、カイにはじめて会ったのって・・・・。」

そしてはじめて恋というものを知ったんだ。

誰かが見ていてくれるだけで頑張れる、強くなれる。
そんなふうに思ったことは初めてだった。

誰かが自分の前からいなくなる事が
自分が自分で無くなってしまう程に心の均衡を崩してしまうなんて
そんな事は母親の死以来だった。

カイの言葉は誰の言葉よりも重かった。
カイの笑顔は誰の笑顔よりも嬉しくて、それだけで俺は幸せになれたんだ。


それは今も変わらない。
きっと永遠に、死ぬまで・・・
この体が朽ちて魂だけの存在となっても
そしてもし、生まれ変わったとしても
変わらない・・・・と思える。

そこまで想える存在に出会えたこと。
やっぱりどう考えても・・・奇跡だと・・・・・。
最高に幸せなんだと・・・・・。





つい、物思いに浸っていたら小さな柔らかい手がタカオの手を引っ張った。

「?」
「ねえ、お兄ちゃん、木ノ宮タカオでしょ?」
また名前を呼ばれた。
だが先ほどと明らかに目的が異なるのは一目でわかる。
尊敬と憧憬が入り混じる、キラキラした純真な瞳の少年。
「ああ、そうだよ。」
タカオはしゃがみこんで少年の目の高さにあわせると、ニッコリ笑った。

「やっぱりそうだー!ねえ、タカオさん!僕とバトルしてよ!」
「よ〜し、手加減しねーぞ〜?」
「僕も手加減しないからね!」

パア・・・っと明るくなる少年の顔。
期待と喜びにワクワクが止まらないのが見ていてわかる。
そう。これは10年程前の自分の姿だ。

タカオは両手を子供たちに引っ張られながら、自らもワクワクするのを感じていた。


時代は少しづつ変わっている。
心無い事件は頻繁に起き
子供たちから生気が失われつつあると言われているが
ここにはこんなにキラキラ輝いた子供達がいる。

子供たちはどんな時も、夢中になれるものさえあれば輝けるんだ────!









「・・・・。そこでもっと!気持ちを込めるんだ!絶対負けねーって!」
「・・・・・・!!!」
「いいぞ!その感じ!」
少年のベイはギリギリの時点で持ち直し、ドラグーンを押し始める。

「もっと・・・強く・・・・もっとだ!」
「・・うおおおおおおお〜〜〜〜〜〜っ!!!」

すると少年のベイは回転を増し、ついにドラグーンを弾き飛ばした。

「・・・・やった・・・・・!!」

タカオはドラグーンを拾い上げ、ニッコリ笑うと少年に

「ベイは己の気持ち次第で、強くも弱くもなれるんだ。
今の感じ、忘れるなよ?お前絶対強くなれるから!」

「うん!ありがとう!タカオ兄ちゃん!!」

タカオはもう一度ニッコリ笑うと少年の頭を撫でた。かつて兄が自分にしてくれたように。


それを見ていた他の子供達がワッ・・と押し寄せ
次は僕、次はあたし!とひっぱりだこだ。

「よ〜し、まとめてかかって来い!!」
子供たちは大喜びで次々にベイを構えた。

「3,2,1・・・・go shoot!!」


「いっけ〜〜〜!!」
「ドラグーンを弾き飛ばせ〜〜〜〜!!」

「おっと!そう簡単にはやられないぜ〜♪」

バトルをする子供、大声で歓声を送る子供たち。
あっという間に大きな大会のような盛り上がりようだ。






この会場の遠く離れた場所で
カイが眩しそうにタカオを見つめていた事に、タカオは気づいただろうか?
どこか尊いものでも見るように。


「タカオは誰にとっても光・・・か・・・・。」


カイは軽く微笑むとそのまま立ち去った。
子供たちにとってもタカオにとっても大切な貴重なこの時間。

邪魔をする訳にはいかない──────。





カイは時々想う。

俺などがタカオという光を独占してもいいのだろうか、と・・・。
結婚式まで挙げた今となっては、その思いに苦しむほどの事はなくなったが。

こうして自然にあるがままのタカオの姿を垣間見ると
その清い魂に救われるのは
救いを欲しているのは自分だけではないのだと───気づかされる。



タカオなら、ベイや剣道を通じてだけでなく
どんな子供たちにも輝きを取り戻してやる事ができるだろう。

タカオ一人養う事など簡単な事だが、タカオはそんな事を望んではいない。
俺達の事でタカオの夢を・・・潰させはしない。なんとしても。








「ありがとう〜〜!タカオに〜ちゃ〜〜〜ん!!」
「おう!またな〜〜〜〜!!」

大勢の子供たちに見送られ、タカオも大きく手を振った。






高い空を見上げ、いい気分で歩いていたら。



「見つけた〜〜〜!!木ノ宮タカオ〜〜〜〜!!」

さっきの芸能レポーターと鉢合わせしてしまった。
「ひ!!」
またしても逃げ出そうとしたタカオであったが、こういった連中の執念深さは普通ではない。
今度はあっけなく首根っこを捕まれてしまった。

「木ノ宮さん!先日ロンドンで火渡の次期社長であるカイさんと同性婚をされた!」
唾が飛んできそうな程の勢いだ。
タカオは諦めて相手をする事にした。
「あ・・・・はい・・・・。」
「今日はダンナ様の仕事振りを見に?」
「ダンナ様って・・・・。いや、なんか楽しそうだったし・・。」

「二人はいつから「そういう」関係だったの?」
「元々男にしか興味がないタイプだったの?」
「告白したのはいつ?」
「やっぱり第一回ベーブレード世界大会がきっかけで?」
「ずっと隠れて付き合ってたの?」
「男同士ってどう?」
ずけずけと下品極まりない質問も平気で投げかけてくる。

「あ・・・あの!!」
「はい?」
「そんなにいっぺんに聞かれたら・・・。」
「あ、ごめんなさいね〜!」
と謝りつつも、ちっとも悪いとは思っていないようである。

「・・・・・。俺・・・さ、別に男にしか興味ないとか、そんなんじゃないと思う。
可愛い女の子はやっぱり好きだし。」
「へ〜、そういうもんなんですか!」
「・・・・。初めての世界大会の時、俺まだガキだったから初恋とかもまだでさ。
カイはすっげーヤな奴だと思ったけど無茶苦茶強くて。
カイの言葉はキツかったけど、いつも核心を突いててこたえた。」
「・・・・・・・。」
「はじめて自覚したのは、確かロシアの決勝戦前だったかな。
えっと・・・なんだっけ、告白だったっけ?
それは俺から。その世界大会から何年も後だったけどな。
付き合ってるのを隠すつもりはなかったけど、なんとなく言いそびれたっつーか・・・。」
タカオは照れくさそうに笑った。

同性愛者の実態は誰もが興味を示すだろう。
しかもあの世界の「火渡」の次期社長だ。そしてベイブレード界では伝説の二人。
興味本位。皆で嘲笑できる恰好のネタ!視聴率は倍増!
しかし、タカオの誠実で真摯な態度にワイドショー専門のレポーターともあろう者が
なんだか・・・・醜い感情が剥げ落ちていくような・・・そういった気持ちになっていくのを感じていた。

「じゃあ子供の頃、カイさんを好きになってからはずっとカイさんだけ?」
「え?・・・えっと・・・・!!」
途端に真っ赤になるタカオ。
これにはレポーターもついつい心から微笑ましく思ってしまって。
「はははは・・・今の顔が正直に語ってくれましたね〜。」
タカオはますます茹蛸状態に。
「もう一つだけいいですか?同性愛は日本では認められてないけど敢えて式を挙げたのはどうして?」
「えっと・・色々報道されている通り、キッカケはユーロの古い友人たちのたくらみにはまったっつーか。
でも、いつかは決めなきゃいけない事だから。元々隠れたりして身を守るだけって苦手だし。
ほら、ドラグーンは攻撃型だから!
勿論それだけじゃなくって・・・自分の中のケジメと一生涯への覚悟の気持ちから。」
はじめは照れくさそうに話し始めたタカオであったが
最後は曇りのないどこか決意さえ感じさせる蒼い瞳で相手の目をしっかり見据え素直に語った。

「・・・・・・・。そうですか。これから色々あると思いますが頑張って下さい!応援してますので!」
それを聞くとタカオはニッコリと笑った。
「・・・ありがとうございます!」

そしてタカオはくるりと振り向くと、人ごみの中へ駆けて行ってしまった。



不思議な人だ─────。

木ノ宮タカオを見つけたときは恰好のネタとしか思ってなかった。
火渡カイでは一刀両断、相手にさえしてもらえないだろうから木ノ宮タカオをずっと狙っていた。
だが、実際会って話してみると・・・・・・。

最後の「応援する」との言葉は素直に口を衝いて出た。
火渡カイはともかくあの木ノ宮タカオなら、好意的に世間に迎え入れられる日もそう遠くないように思えた。















「さてと・・・。え!?もうこんな時間か!」
腕時計の針は午後2時半を過ぎていた。

「さすがに腹へったな。とりあえずメシだ!メシ〜〜!」
オシャレなテーマパークのような火渡の祭典ではあったが
ある一角では売店も立ち並び、まるで祭りの縁日だ。
焼きそば、お好み焼き、から揚げ、焼きトウモロコシに焼きイカ、フライドポテトにフランクフルト
そしてデザートは勿論りんご飴!
大量に買い込んでホクホクの笑顔で木陰の芝生に腰を下ろした。

「相変わらずとんでもない量だな。全部一人で食うつもりか?」
焼きイカにかぶり付こうとしたその時、上から少し掠れた聞き覚えのある声が。

「カイ!」

元気一杯の笑顔で振り向かれ、思わずキスの一つでもしたくなってしまったカイであるが、
ここはぐっと堪え、そして何事もなかったようにタカオの横に腰を下ろした。

「お前がなかなか顔を出さないから探しに来た。ま、大体こんな事だろうとは思ったがな。」
「カイも食うか〜?」
タカオは焼きトウモロコシを差し出した。
「いや、いい。」
そしてカイは小さなサンドイッチの包みを広げた。
「もしかして丁度お昼休み?」
「ああ。」

すると、タカオはパアァァ・・・・っと華が咲いたような、はちきれんばかりの笑顔で笑い
「ヤッタ〜!まさかカイと一緒に昼飯が食えるとは思わなかったぜ!」

そんなタカオにつられてカイも幸せそうに微笑んだ。



「でもカイ、こんな時間にようやく昼休みなんて・・。大変だなー。」
次から次へとパクつきながら、タカオが言う。
対照的にカイは缶コーヒーを片手に
「別に大したことではない。それに、そのお陰でタカオと食事ができる。」

カイはあの結婚式以来、タカオを「木ノ宮」とは呼ばず、「タカオ」と呼ぶようになっていた。
以前は普段基本的には「木ノ宮」だったのだが・・・。
法的に何の効力も制約もない二人ではあったが
それ同様、いやそれ以上の覚悟の表れ・・・といったところだろうか。

タカオも口に出す事はなかったが、カイに名前で呼ばれるたびに
どこかくすぐったいような嬉しいような気持ちがすると共に
ロンドンで挙式を決めた瞬間を思い出す。
そして・・・。

タキシードを着たカイ。
今までで一番優しい微笑で迎えてくれたカイ。
そんな姿も思い出した。

ずっと・・・・共に・・・・・・・・。



タカオはカイの端整な横顔をチラッ・・と覗き見た。

子供の頃から何度────
こうしてカイの横顔を窺い見たことだろう。
そして何度、その横顔に見惚れた事だろう。


「・・?どうした。」
「い・・・!いや・・・その・・・、なんでも・・・・!!」
「??」

真っ赤な顔で視線を逸らすタカオに思わず首を傾げるカイ。
さすがにカイの横顔に見とれていたとは言えないタカオだった。
慌てて話題を変えてみる。

「と・・ところで、この後、どんな予定だっけ?」
「野外コンサートがそろそろ始まるな。終わるのは7時頃でその後は・・・。」
「パーティか・・・。」

カイは溜息をついた。
出来る事なら逃げ出したいが、そういう訳にもいかない。

自慢話ばかりする何処かの社長や重役。
この機に裏取引まがいの繋がりを深めようと躍起になる小物ども。
自分では何一つ出来ない決められない、美しいだけの人形のようなのご令嬢方。
あんなに報じられたというのに娘を引き合わせようとする社長や政治家などは後をたたない。

そこまでして火渡カイの妻という肩書きが欲しいのか。
愛など欠片もない、紙切れだけの関係だとしても。
子供など生まれるはずもない関係でも。
あわよくば・・・とでも思っているのか。
下種どもが・・・。反吐が出そうだ。
そういう連中は自分の娘をなんだと思っているのだろう。

そこまで考えてカイはふと思い当たった。

そうか。あいつ等も爺と同類なんだ。
爺に比べればかなり器が小さいが。

平気で親が娘を、祖父が孫を売る。
自分の利益の為だけに。





「カイ?」

タカオの言葉に我に返る。

「・・・・すまない。」

しかし、奴等も本当の愛を知らない哀れな人間なのだろう。
この俺も・・・タカオに出会わなければどうなっていたか。




そうだ。



「タカオ、お前も出席しろ。」
「・・・?」
「服は・・・すぐに取りに行かせよう。まだ時間は充分ある。」
「え?もしかしてパーティに!?」
「そうだ。」
「お・・・俺、そういう畏まった場所、苦手!!」
「パーティで夫婦同伴は常識だ。お前は俺の伴侶だったな?」
「うっ!ここでそれを言うのかよ!」
ニヤリと笑うカイが憎たらしくてたまらない。

「始まるのは7時半からだが・・・7時には控え室に来てくれ。」
「・・・・・・。ど・・・どうしても出なきゃダメか?」
しゅん・・と項垂れるタカオ。気が進まないのは一目瞭然。
項垂れると何故かピンピンはねた髪までもが項垂れるのは子供の頃から変わっていない。
カイは思わずその柔らかな頬に唇を寄せた。

「そんな顔をするな・・。大丈夫だ、お前なら。美味いものがたくさん食えるぞ?」
「それはそうだろうけど・・・。」
「それに。今更コソコソする必要もなかろう。
それよりあの馬鹿な連中には、一度キッチリ分からせてやったほうがいい。
俺の伴侶はタカオしかいないのだと。」
「・・・・・・・・。」
蒼い大きな瞳が見開かれた。
「結婚式は終わった。今度はうるさ方相手に披露宴だ。少々荒れるかもしれんがな。」
珍しく楽しげに光る紅い瞳。

「そっか・・・。そーゆーことなら出ねー訳にはいかねーなっ!」

イタズラを思いついた子供のように、二人顔を見合わせるとクスクスと笑いあった。
そしていつの間にかタカオの肩にまわされた腕に引き寄せられて、とても自然に流れるように・・・唇を重ねた。









カシャ!カシャカシャカシャ・・・!!

響くシャッター音に咄嗟に振り向く。
見ると立派なカメラを手に走り去る記者風の男。

次の瞬間、カイが跳んだ。
「はあぁッ・・・・・!!」

獲物に襲い掛かる鷹のごとく。朱雀舞う。
カイの手から放たれたドランザーはカメラに激突し、記者風の男は吹っ飛んだ。

カイはドランザーをキャッチすると無惨に破壊されたカメラからフィルムを引き出し
「カメラは弁償しよう。後で慰謝料込みで請求するがいい。」
静かに言い放った。

悔しそうにカイを睨みつける男。
「それとも訴訟でも起こすか?いつでも受けて立つ。」

「カイ〜〜、そんな言い方はないだろ?あの、大丈夫ですか?」
駆けつけたタカオが男を助け起こし、体についた土を払ってやった。

「怪我はないみたいですね。良かった・・。」
そして心からホッ・・とした、というように微笑んだ。

「い・・いや・・。ありがとう・・・。」
ガラにもなく礼まで言ってしまった男。一瞬にしてタカオのペースである。

「フン。行くぞ・・。」
カイは踵を返した。

「う、うん・・。強く打ったトコ、後で湿布したほうがいいかも・・。じゃあ!」
タカオも立ち上がり、軽く会釈をするとカイの後を追った。

スーツをスマートに着こなし、すらりと背が高くクールで近寄りがたい雰囲気の
怒らせると何よりも恐ろしい、苛烈な炎のようなカイ。
一方、ラフなジーパン姿でいつも笑顔が絶えない、表情豊かな少年のような青年タカオ。
タカオの笑顔には誰もが安らぎを覚え、まるで心地の良い微風のような・・・。
この、一見どう見ても不釣合いな二人は光の中へ共に歩み行き
やがて人ごみに消えた。




男は暫く呆然と、二人が去った方向を見つめていた。














カチャッ・・・・パタン───。


「ふ〜〜〜〜っ!ようやく帰ってきた〜〜〜!」

問題のパーティも無事(?)終わり、火渡の車でようやく帰宅したところである。
カイはスーツの上着を脱ぎネクタイを緩め、革張りのソファーにどっかりと腰を下ろした。

「なーんか凄かったな、パーティ。大丈夫か?これからの仕事に色々支障とか・・・。」
タカオも同じような姿でカイの隣に腰を下ろす。
「大丈夫だ。その程度のことでは火渡はビクともせん。そんなことより・・・あの馬鹿ども・・・・。」
カイは思い出したように笑った。



  「タカオ・・こちらへ・・・。
  既に大きく報道されておりますのでご存知の方も多いと思いますが・・・紹介します。
  私の生涯の伴侶、木ノ宮タカオです。以後、よろしくお願いします。」
  「あ・・あの・・!木ノ宮タカオです!よろしくお願いします!!」

  ザワザワザワザワ・・・・・。
  フラッシュの嵐、大騒ぎのパーティ会場。
  腰を抜かさんばかりの何処かの社長や政治家
  泣きながら、または激怒して帰ってしまうお嬢様方。
  正式の場で発表されて、褒め称えれば良いのか非難すれば良いのか対応に困る者たち。
  だが、火渡総一郎も現社長の進も内心はどうであれ、カイの言動を咎める事もなかったためか
  カイの爆弾発表を火渡の総意だと受け取り、最終的には擦り寄ってきた者が多かった。



「カイってさー。ああゆう丁寧な言葉も使えたんだな〜。俺、はじめて聞いた。」
「・・・。お前・・俺をなんだと思っている。一社会人としての作法くらい身につけていなくてどうする。」
「それそれ!そういう偉そうな態度の方がカイらしいって!
始めて川原であった時からムチャクチャ偉そーだったしな〜。」
タカオは昔を思い出して笑った。

なんだか論点がズレてきていると感じたカイであったが
肴にされているとはいえタカオが嬉しそうにしているので、まあ良いかと考えてしまったり。

「でも・・・さ。きちんと紹介してくれて・・・嬉しかった。ありがとな?カイ。」
「・・・・。これであの馬鹿どもも大人しくなればいいがな。」
「大丈夫だって!最後にはみんな寄ってきてくれたじゃん!」
「・・・・。」

ロンドンからの帰国以来。
さすがに世界的巨大企業である火渡相手に取引を拒む会社など出なかったが
どのように思っているかはどこからともなく聞こえてくるものだ。
今日のパーティにしても、表面と内面では正反対だという事くらいカイには分かっていた。
なんと言われようが思われようが構わない。
俺にはタカオなのだということを世間に認めさせさえすれば、それでいい。
またその逆にタカオには俺しかいないということを。

まず、それが・・・はじめの一歩だ。




ジーーーーーッ・・・・。

気づけばタカオがマジマジとカイを見つめていた。

「・・・。どうした?」
「カイ・・さすがに疲れたみたいだな・・。大丈夫か?」
「何を・・あれくらいの事で疲れたりなど・・・。」

強がるカイ。
だが、タカオはニッコリと笑って

「カイ。お疲れ様v。」

タカオはカイの首に腕を回し、ちゅ・・・と口付けるともう一度ニッコリ笑った。

「・・タカ・・・!」

突然の事にさすがのカイも少々焦ってしまった。
だが、たったそれだけの事で全てが癒されていくような、そんな感じがして・・・。
カイは更なる癒しを求めてタカオを抱きしめた。
タカオはカイにされるがまま、ゆったりとしたソファーでカイに凭れ掛かるように。

「カイ。ずっと一緒だから。カイが大変なときは俺、なんでもする。」
「どうした・・・急に・・・・。」
タカオはカイの胸に埋めていた顔を上げてカイを見上げた。
子供の頃から変わらない大きな蒼い瞳で。

「パーティって言ってもなんか・・・さ。みんな全然楽しそうに見えなかった。
勿論顔は笑ってるんだけどさ。
カイはあんな世界で生きてるんだな〜って思ったら
なんか・・・いてもたってもいられない・・っつーか・・・・。」
「・・お前のような単細胞には理解できんだろうな。」
「なんだよ!それ〜!」
タカオはぶーっと膨れ面をした。
くるくると変わる表情が、こんなにも愛おしい。
「ほら・・・こんなに分かりやすいヤツは他にはいないだろう?
それにあんなもの、理解する必要などない。」
カイが笑う。そして。その膨らんだ頬に手を添えてそのまま・・・・・・。


・・・・・・。

長い沈黙の後、タカオは甘い吐息を漏らした。
唇だけを離した至近距離でカイは微笑んで

「タカオ・・・。ありがとう・・・・・。」
「カ・・・ッ。ん───・・・。」

そしてカイはもう一度、タカオの甘い吐息を唇ごと奪い去った。





一歩一歩
歩いていこう。

道は険しいけれど
貴方とならば、きっと大丈夫。


世界でたった一人の
愛しい人と、共に────。















end




「光の中へ」の後日談的話。
巨大企業グループの祭りへ行って
「カイなら・・・」と思ってしまったのが妄想の始まりでした。
カイならこんなの、苦手だろうな〜大変だろうな〜と思って。
心配そうにカイを送り出すタカオ
そして帰って来たカイに「お疲れ様v」と言ってキスするタカオが書きたかったんです。
それから一歩一歩前へ進んでいる二人を書きたかった。
実際に同性愛が発覚したらこんなもんじゃないとは思いますが
まあ・・・私の希望的妄想なのでお許し下さい。
そしてどうでもいい事ですが、この後は間違いなくリビングのソファーでスーツプレイでしょう!ほほほ・・・v。

短い話だと思ったら、容量を見てビックリ!結構長かった・・・(汗)!
特にメリハリもなく、しかも長い話をここまで読んで下さり、ありがとうございました!
(2007.1.20)

再編集していて気になりました。
フィルムを引き出すって・・・いつの時代だよ!!と・・・(笑)。
書いた当時も既にデジカメ主流でしたが、プロは敢えてフィルムかな〜と、まだ思えた時代だったような・・・。
で、悩んで調べた末に、やっぱりフィルムとした記憶がありますが、今、読み返すとあんまりなような・・・。
でも、デジカメにすると、データの消去は難しいですよね。
その場で消去して済めばいいですが、撮ったと同時に転送されてるかもしれないし。
で、悩んだんですが、そんな話をくどくど書き加えるのも、気が進まず・・・・・。
時代を感じさせて申し訳ないのですが、ご容赦下さると助かります(ペコリ・・)。
(2014,10.14)




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