桜・・・。
桜・・・・・。
桜・・・・・・・舞う・・・・・・。









そんなある日の午後。




「よおっ!来たぜ?」

タカオは大きな鞄を肩に掛け、少しはにかんで笑った。

「・・・・・・・。」

返事の変わりに、カイは静かに微笑んだ。



ここはカイのマンション。
大学へ通うようになり、
火渡邸から大学へは少し距離があるため
こちらへ移り住んだ。

そこへ、今日からタカオも住まうことになっていた。

そう、タカオもこの4月からは大学生。
勿論カイとは違う大学だ。
カイの大学は超名門の私立。
昔からカイはこの系列の学校を進んできたが
タカオにとっては成績の面でも金銭的にも、カイと同じ大学へ行くことは不可能だった。


そこで選んだのは地元の国立大学。
それですらタカオの成績では不可能かと思われたが
カイに毎日勉強を見てもらい、カイの近くの大学に行きたい一心で
死に物狂いで頑張った。


そして・・・・奇跡が起きた。











「お前の部屋はココだ。必要なものは全て揃えてある。」
「・・・・悪いな・・・。荷物、持ってきてもよかったんだけど・・・。」
「ふん・・・引越しは面倒で敵わん。入学祝いだ。」
「・・・・・・・。ありがとう・・・。」


タカオの大学へは、自宅から少し距離があった。
毎日通うとなるとかなり大変だと思われた。
カイのマンションは、カイの大学へもタカオの大学へもちょうど良い位置にあった為、
こういう事となった。

カイのマンションに住むことになって
一番に考えてしまったのは一人残される祖父のこと。
タカオの荷物が何もかもなくなってしまっては、さぞかし寂しい思いをするだろうと・・・。


もちろん、あの祖父だ。
泣き言など言うはずもないが。


カイはそれを思いやって、
「生活に必要なものくらい、揃えてやる。問題ない。」
と言いだしたのだった。


タカオは週末や時間のあるときには、できるだけ実家に戻ろうと考えていた。
いまやタカオは、高校剣道界ではその名が知れ渡っていたので
実家の道場には木ノ宮タカオに稽古をつけてもらおうという門下生が沢山訪れていた・・・ということもある。


そんな連中の相手で、寂しがっている暇などないわい!
と祖父が強がっていたのを、ふと・・・思い出した。


とはいえ、将来的にはタカオはあの家を出ることになってしまうのかもしれない。
もしかしたらタカオはこのまま、このマンションにずっと・・・・・。

考えると辛いので
とりあえずその考えに蓋をする。

祖父もカイとの関係に、きっと気づいている。
それでも笑って送り出してくれた。







ここが新しいタカオの部屋。
日当りも眺めも最高だった。
なんといってもここは高級マンションの最上階。

机、本棚・・・・・・・あれ?
「カイ・・・・・色々そろえて貰って・・・・こんなこと言って悪いけど・・・・。俺のベッドは?」

カイがニッと笑う。

「ベッドは一つで充分だろ?」
「っ〜〜〜〜・・!!」

寝室には大きなキングサイズのベッドが置いてあった。
そこで今まで何度・・・熱い一時を過ごしたことだろう。

「でっ・・・・・でも・・・・!
毎日の事だと・・・・ほら、カイも勉強とか忙しいし・・・・・。
別々に寝た方がいいことも・・・・・あっ・・・・・ふっ・・・・・・!!!」

これ以上は言わせないとばかりに
カイはタカオの舌を絡めとっていた。



震える腕が、しがみ付く・・・。








銀色の糸を引いてようやくタカオの唇を開放すると




「そんな事、気にしなくていい。それとも・・・嫌なのか?」
「嫌なワケ・・・・!!嫌なワケね〜だろ・・・・?」
真っ赤な顔を背けて言う。

「ふふっ・・・・・。」
それに意地悪な笑みを返す。

「さっさと荷物の整理を済ませろ。
その後は買い物だ。何が食べたいか考えておけ。」

「え!?ま・・・・まさか、カイが作ってくれるのか??」
「・・・・・おかしいか?」

真っ赤な顔で憮然と答えるカイが可愛くて。
さっきキスしてきたカイとは別人のようだった。
きっと、今日の為に色々考えていてくれたに違いない。
そう思うとタカオは抱きつきたい衝動に駆られたが。
だが、ここでカイの機嫌を損ねるのは得策ではない。


「いや!全然!!おかしくない!!俺、カイの料理、食いたい!」
「・・・・・。」

どこか照れて憮然としているカイ。


「そうだよな〜。カイももう、2年も一人暮らししてんだ。料理くらいするよな〜。でも大体下で食べてんだよな?」
「・・・・。毎日そんな事をしている時間などない。」
ぷいっと顔を背けて言った。まだ照れている。

そう。ここはVIPばかりが集まる超高級マンション。
防犯体制は完璧だったし、一人暮らしで忙しい人の為に2階の部分が食堂になっていて
栄養のバランスの取れた食事を提供してくれていた。
食堂・・・・といっても、内装、味などは高級レストラン、料亭なみだったが。







「俺、すき焼き食いて〜な〜。」
「すき焼きだと?」

カイが拍子抜けしたような顔をしている。

「あ〜〜!カイ!すき焼きなんて切って焼いて煮るだけだと思ってんな〜?
すき焼きを美味く作るのって結構難しいんだぞ〜??味付けにコツがあるんだぜ?」
「・・・・・そうなのか・・・?」
「ふっふ〜〜〜ん。んじゃ、今夜は木ノ宮タカオ様が作ってやろーじゃねーか!」

タカオが得意満面な顔をして宣言した。

急な展開だったが、カイが腕を振るう機会はこれからいくらでもあるだろうし。
「ふふ・・・・じゃあ、お任せするかな。」




荷物の整理をして、カイとタカオは一緒に買い物に出かけた。

まずは牛肉!
そしてネギ、ごぼう、春菊、しいたけ、えのきだけ、糸こんにゃく、焼き豆腐・・・・そしてそして・・・・。
あ、忘れるところだったぜ・・・・卵!
そうそう、締めくくりは何と言われようとも、お餅!



買い物袋をさげて歩く桜並木の道。

今は七部咲きといったところだろうか。
膨らんで今にも開きそうな蕾、開きかけた花、
そして綺麗に開いた桜の花。
そよ風に煽られ、舞い踊る花びら・・・・。

「綺麗だな〜〜・・・・。」

うっとりと桜を見上げるタカオにつられ、
カイも桜のトンネルを見上げる。

全面が・・・・桜・・・桜・・・・。
確かに美しかった。
だが今まではこんな思いでこの桜道を見上げたことなどなかった。

タカオがいると・・・・

今まで無意味だったことにも意味を成してくる。
灰色の日常も・・・タカオがいるだけで・・・。

今日この日をどれほど待ち望んだことだろう?




これからの人生を想う時、
その中には必ずタカオがいた。


子供の頃はこの気持ちを隠し通そうと思っていたが
もう・・・・。

タカオのいない未来など考えられなかった。






俺が俺であるために
こんなにもタカオの存在が必要だとは・・・。

カイはそれを弱さ故とは思わなかった。
それが人として・・・当然の姿だと・・・・・。








ふと・・・。

タカオに視線を向ける。

口元に笑みを浮かべ桜を見上げ・・・風景に溶け込み・・・・。
儚げで・・・幻想的で・・・・・・・。

瞬間、全ての時間が止まったような・・・・気がした。

まるで一枚の絵の中に入ってしまったような・・・・。








ザザザザッ・・・・・・・。

すこし強めの風が吹き、カイはハッと我に返る。






「・・・・どうかしたか?」
「・・・・・いや・・・・なんでもない。」
カイは静かに微笑を浮かべた。




カイの表情があまりに綺麗で
タカオは思わず見とれてしまった。









それにしても。こんな道を買い物袋をぶら下げて二人で歩いていると・・・。


なんか、新婚みたいだ・・・。

こんな日々が、これから続くのか・・・・。
いや、カイは忙しいから、毎日こんなことしてらんねーけど、たまには・・・。


タカオは自然にニヤけてしまう顔を止められなかった。




しみじみと・・・・暖かな幸せを、かみ締めていた。








カイと一緒にエプロンを着て、野菜を切ったり下ごしらえ。



すき焼き用の鉄鍋を熱して、牛脂をひいて・・・・。

「よし!肉だ肉!」

じゅわじゅわじゅわ〜〜〜〜っといい音がして、肉の焼けるいい香りがした。

「味付け味付け〜vv。」

肉に砂糖と醤油をまぶし、しっかり味をつける。

「おい!そんなに入れていいのか?」
「後で野菜も入れるし・・・・最初の味付けは濃いぐらいでちょうどいいんだぜ?まあ、見てろってv。」

「よし!焼けた!さあ、他の材料も入れるぞ〜〜〜!!カイ、手伝ってくれよv。」
「ああ。」

カイも色々入れようとした。

「あ〜〜〜!ダメ!糸こんにゃくは肉から離して入れなきゃ、肉がまずくなるんだ。糸こんにゃくはこっちv。」

以外に頼りになるタカオを発見したカイであった。

「さあ、あとは適当に入れるぞ〜!」
「水はいれないのか?」
「ああ。野菜から美味しい旨みの水分が出るんだ。」

もはやカイはただの見物人となっていた。

「そろそろ味見っと・・・・。砂糖砂糖!醤油醤油〜〜〜vv。」

ぐつぐつぐつぐつ・・・・・・・・・・。

「そろそろお酒で味を調えて・・・・。」



しかし、すき焼きに対するこの執念は一体何であろうか・・・?



「最後は春菊!」









「じゃじゃ〜〜〜〜ん!!木ノ宮タカオ特製すき焼き!出来上がり〜〜〜!」

ぐつぐつぐつぐつ・・・・・・。
と非常に美味しそうな音が、匂いがしていた。

「さ〜、食うぞ〜〜〜!卵割るぞ〜!!カイも座って座って!!」


カイはすっかりタカオに圧倒されながらも卵を割り、そして肉を一枚食べてみた。
それらの動作を見逃すまいと、食い入るように見守るタカオ。

「!!・・・・うまい・・・。」

それを聞いてタカオは満面の笑みを浮かべた。

「だろ〜〜〜??」

そしてタカオも肉やら野菜やらを満足げに食べ始める。

「じゃんじゃん食うぞ〜〜〜!!明日の朝はすき焼き丼だからな?」
「なんだ?それは?」
「・・・・カイって何にも知らねーんだな。御曹司ってーのもある意味、可哀想かもな〜。
あんな美味いモノも他にはないぜ?庶民の幸せっつーの?」

何も知らないとボンボン呼ばわりされて、少し癪にさわったが、
知らなかったのは事実だったし、タカオが楽しそうなので、もう、それでよかった。

「・・・・・・では明日、楽しみにしていようか。」
そういってカイは笑った。



宣言した通りじゃんじゃん食べて、最後はお餅で締めくくった。












後片付けを済ませ
お風呂にも入りパジャマにも着替え、もはや寝るだけ・・・という頃。






「木ノ宮・・・。乾杯するか?」

カイが手にしていたのは ドン・ペリニヨンのロゼ。
庶民にはなかなか手が出せないシャンパンの高級品だ。
勿論、タカオはそんな事知らない。

「・・・・それってお酒・・・。」
「ああ。まあ、少しならいいだろう。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・お前ももう・・・大学生なんだな・・・。」


出会った頃は二人とも小学生だった・・・。


「カイと同じだぜ?(学校のレベルは違うけど・・・)」




色々な事があった。
でも・・・・今日からはカイと二人・・・。




ポンッ・・・・と勢いよく栓が抜かれ
上品な細長いクリスタルのシャンパングラスに注がれる、美しいピンクの液体。
底からは一筋の泡が立ち上る。

「綺麗だな・・・・。今日見た桜みたいだ・・・。これ、シャンパンか?」
「ああ。」

二つのシャンパングラスの向こうには夜景が広がっていた。
ギラギラとしたネオンではなく、民家からもれる光。
暖かい・・・・街の灯。
あの明かりの下には一つ一つの生活があり想いがある。

そして、ここにも・・・・。





カイがグラスを持ち上げ、タカオも続いて持ち上げた。

「これからもよろしくな?カイ。」
「ふん・・・・仕方ないな・・・。」
「なんだよ〜仕方ないって〜〜!!」
とタカオはぶーっと膨れっ面をする。
「ふふ・・・。」
カイが笑む。
タカオもそれを見て笑う。



「んじゃ、改めて・・・。乾杯!」

カチッ・・・とグラスが触れ合い・・・・。



タカオは一気に飲み干した。

「・・・・・うめ〜〜〜〜!!こんな美味いシャンパン、初めて飲んだ!」
「・・・・お前が今まで飲んでいたのは子供用のスパークリングワインじゃないのか?(しかもノンアルコールの・・。)」
「そうなのか?もう一杯!」
「・・・おい・・・。」

見ているうちになみなみとグラスに注ぎ、あっという間に飲み干してしまった。

「ん〜〜〜〜!!美味い!・・・・・もう一杯!」
「ダメだ。」
「え〜〜〜!?何でだよ〜〜〜!!」
「・・・貴様は相変わらず自己管理も出来ないのか。
シャンパンは口当たりは優しいがアルコール度数は高めだ。
そんなに飲んでは明日、どうなるか。考えてみろ。先程のすき焼きにしても食べ過ぎだ。」

その昔、アメリカのホテルでの料理が美味しすぎて食べすぎた。
翌日は・・・・バトルどころではなかった事を思い出す。

俺の代わりにはカイが出てくれたっけ。
カイは当然瞬殺で勝利。
今も昨日のことのように思い出せる。

クスクス・・・・と笑い出すタカオにカイは怪訝そうに尋ねた。

「どうした?」
「ちょっと・・・昔の事を思い出してね。あの時もカイに怒られたな〜って。」

楽しそうに笑うタカオに

「この酔っ払いが・・・。」

そしてカイもグラスに口をつけた。









色々な話をした。



こうして夜を共にするのは初めてではない。

だが



もう今日からは・・・・何処かへ帰る必要はないのだ。






ただ・・・・それが嬉しくて・・・・幸せで・・・・・。











カイとタカオの、生活が始まる。

これからは共に起き、共に寝て・・・・。




こんな日がやってくるなんて・・・・・・・・・・。






言葉が途切れ、見詰め合う・・・紅と蒼・・・。



どちらからともなく、重ねた唇・・・・・・。








二人の生活が



今、始まった────────────。






end


novel top


カイタカ同棲生活の始まりですvv。
無意味に長くてすいません。状況描写や説明が多くて・・・すいません!!
大学生で一緒に暮らす!ということはず〜っと前から脳内設定にありました。
同じ大学バージョンと違う大学バージョンの両方の妄想を楽しんでおりましたが、
真面目に考えたら同じ大学は不可能なので、後者にしました。
今後の話はおぼろげなイメージはあるものの・・・・・。
続きを書くかどうかは妄想次第ですvv。

この話、すき焼きは予定外でした(汗)。
でもタカオに「すき焼き食いたい!」と言わせた時点から
止まらなくなってしまいました。私もすき焼きに命かけるタイプです(アホですな)。

ドンペリ。
シャンパンの高級品だってことは知ってますが、
なんだか成金の象徴みたいで、私の中ではちょっと下品なイメージがあります。
勿論飲んだことはありません。
でも他の銘柄も知らないし・・・。調べてみたけどよく分からなかったんです(涙)。
本当は幻の名品みたいなのでいきたかった・・・。
無知ゆえの・・・・。残念です。

なんだか需要のなさそうなお話ですが・・・・。
ここまで読んでくださりありがとうございました!!

(2005.9.26)