ヨーロッパ、某国。

長期休みを利用して、カイの留学先へ訪れるのも何回目だろう。
もう、すっかりお馴染みになってしまった。火渡家の自家用ジェットで、まるで高級ホテルに泊まったかのように何のストレスも感じず、とてもゆったりとした豪華で快適な空の旅。
嘗て世界大会でヨーロッパを巡った旅とは雲泥の差だ。
毎回こんな事などしてくれなくても、普通の飛行機で十分なのだが。
そのエコノミークラスですら、タカオにとってはかなりの高額であるのに。

タカオは溜息をつく。
言っても無駄なのだ。
タカオだとて、そんな事はさせられない自分の稼いだ金で行く、と何度か言ってみたが
それではいつになるか分からない
公共機関では時間がかかり過ぎる
乗り継ぎにつぐ乗り継ぎで、無事に辿りつけるかかえって心配でかなわん
どうせ(自家用ジェットは)無駄に眠っているのだ、使えるものは使えばいい
などと言われてしまう。

今回も自力で行く、ダメだ、のバトルに虚しく敗れ、今はカイの運転する車で某国郊外を絶賛ドライブ中だ。

あ〜あ・・・・・。
もう、これは慣れるしかないんだろうか。
慣れるのか?
俺は純庶民派だっつーのに。

窓の外には穏やかな田園風景が流れていく。

それにしても。

「きれーだな〜・・・・・。」

タカオはいつも思う。
ヨーロッパと日本では、緑の色が違う。
一面の草原は鮮やかな緑。目が覚めるような。
放牧されているのは牛なのか羊なのか、のんびりと草を食べている姿が点々と見える。
そんな放牧風景など、日本ではついぞお目にかかる機会などない。
なんてのどかな穏やかな風景。

違うのだ。
日本とヨーロッパの田舎は風景から何もかも違うように
カイとタカオも何もかもが違う。



純庶民派のタカオはお財布に優しい地元の国立大学教育学部を卒業後、小学校の教師になっていた。
今は母校の教壇に立っている。
未だ学校に留まっていた恩師は「あの木ノ宮君が先生にね〜」と感無量げに涙ぐみ、迎えてくれた。
その恩師には、やはり未だに怒鳴られることもしばしばだが。
休み時間には子供達と共にベイブレードを楽しみながら時に悪戦苦闘しつつも、とても充実した日々を過ごしている。
地域密着、まさに庶民の代表。
それを恥じる事などない。
立派な職業について独り立ちできて。
むしろ誇るべきだろう。

一方カイはというと
日本の超名門私立大学を卒業後、今度は世界の超名門大学の大学院へ留学してしまった。
その留学傍ら、火渡のヨーロッパ支社で修行中・・・というか既に殆ど副社長レベルの仕事をしているようだ。
やはり違うのだ。
悲しいくらいに違いすぎる。
普通に考えたら一瞬の接点すらないのが当たり前。

ただでさえ、男同士。
最近は日本でも、そういった話に理解を示すような流れになってきているが
そんなものはまだまだ建前だけで、やはりマイノリティはどうしても拒絶される。

・・・・・。

子供の頃から、何度もそんな事を考えてきた。
今更だ。

タカオは小さくため息をついた。

「で、カイ。どこに向かってるんだ?」









「・・・・。」
タカオはポカン・・と口を広げて佇んでいた。
「どうでもいいが。そのアホ面、なんとかしろ。」
「・・!ひっでー!だって見てみろよ。これ、教会か?十字架ついてるし教会だよな?こんな綺麗な森に、すぐそこには湖があってさ。で、お菓子の家みたいな小さな教会だぜ?童話みたいじゃねー!?俺でなくても感動したくもなるっつーの!って、カイ!聞いてねーし!!」
カイはタカオの話をそこそこに、既に教会の扉に手をかけていた。

ギ・・・・。

「空いてる。」
カイは扉を少し開き、タカオに視線を送る。
タカオも急いで駆け寄った。

ギイィ・・・・・・。

おずおずと、二人、教会の中へ足を踏み入れてみる。
扉を開けると、そこは礼拝堂のみの空間だった。
ロビーとか、そういうものは一切ない。
正面には十字架と、祭壇。
左右には、3〜4人がけくらいの長椅子が前から何列か並んでいる。

「うわ・・・」

思わず、ため息が漏れた。
殆ど飾り気のない、簡素な空間。
だからこそ感じる、清らかな空気。
かつては信仰を持つ人々が集まり、礼拝をしていたのだろう。
牧師の説教を聞き、賛美歌を歌い・・・・。
今は誰もいない。
何もかもが時の彼方。
静寂だけがこの場を支配している。
使われなくなって久しいと思われる、森の奥の小さな教会。


ポロロン・・・・。

何やら楽器の音がして、タカオは驚いて目を向けると、カイが箱形のピアノのようなものを開いていた。
細やかな透かし彫りが施されたそれは、時代を思わせるアンティーク家具のような佇まいで、何らやとても神秘的に見えた。

「鳴るのか?」
「そのようだ。」
「オルガン?」
「ああ。小型のパイプオルガンのようなものだ。驚いたな。」
「へえ・・・。」
と言いながらも、タカオには何のことやらサッパリだ。
そんな事よりも、カイの指使いが気になった。
興味深げに、カイの隣に腰かけ、指の動きを見守る。
タカオなら、人差し指でポンポン馬鹿の一つ覚えのように鍵盤を叩くところだろう。
しかしカイの指の動きは、明らかにそれとは違う。
「もしかしてお前、弾けるのか?」
「少しならな。」
「何か弾いてみてくれよ!!」
キラッキラに輝くタカオの紺碧の瞳で、ずん、と顔を寄せて鼻息荒く言い寄られたらカイに嫌だと言える筈もない。
タカオのド迫力に少々怯みながらカイは照れくさそうに瞳を逸らしつつ少し頬を染めた。
そして、長い間(ピアノに)触ってもいないのに・・、とぼやくと
「間違えても笑うなよ?」
なんて、ぼそっと言うのだ。
カイらしからぬ可愛いらしい仕草の連続に
(なんだこれ!超レア!!)
と、タカオはジーン・・・・と感動してしまって涙まで込み上げてきた。
更には抱きつきたくなってしまったものの、そこはグッと堪えて。
「笑わない!」
と宣言をして、カイを見守る。

スッ・・と鍵盤の上に広げられた手。
もう、それだけで雰囲気満点だ。
カイの周りの空気が一変したような気がして、タカオは息をのんだ。
指が、動き出す。
滑らかに。
カイのスラッと長い指が、鍵盤の上で踊る、踊る、踊る・・・。

綺麗だ、と思った。
同じ男の手なのに、なんでこんなにも違うのだろう。
タカオの手はずんぐりむっくりで、綺麗な手とはお世辞にも言えない。
同じように毎日ベイに触れている手だというのに、なんでカイの手はこんなにも綺麗なのだろう。

この綺麗な手で、俺・・触れられてるんだよな・・・昨夜も・・・
と、ふと思ってしまい、するとそれだけで体の中心に熱がジン・・と集まってきてしまって焦った。
弁解不能になる前にいけないいけない、とタカオは小さく首を振り自らを律する。

美しい音色。
そういう音楽に全く無知なタカオですら、聴いたことがあるようなメロディ。
笑うなよ?などと照れくさそうに言っていたとは思えないほどの安定感。
やっぱりカイだな、すごい・・・と思った。
タカオのすぐ横で目の前で、タカオが今まで見た事もない新しいカイを発見してしまい、それが新鮮で素直に嬉しい。

・・・と、その時。
指がもつれた。
間違えたんだ。
バツが悪そうに、カイは演奏を止めてしまった。
そんな姿も微笑ましく思いながら、タカオは駄々をこねる。
「えー?もう終わり?続き、弾いてくれよ!!」
「無理だ。指が動かん。」
動かなくてあの演奏かよ、・・ったくカイって何でもできるんだな・・・などと思いながら。
「なあ、今の曲、なんていうんだ?聴いた事あるような気がするんだけど・・・。」
「バッハのオルガン曲だ。そうだな・・・結婚式などで演奏される事もあるから、聴いたことがあるのだろう。」
「ふ〜ん・・・結婚式・・・・。」
確かにそんな感じがする曲だったよな〜、などと思っていたら。
「タカオ。」
カイの腕がふわっ・・とタカオに伸びてきた。
いつもは「木ノ宮」と呼ぶのに、「タカオ」と名前で呼ばれ、ドキッ・・と心臓が高鳴ってしまう。
そのまま引き寄せられ、唇を塞がれて。
「・・・!」
突然訪れた温かく柔らかな感触に、タカオは一瞬にして何も考えられなくなる。
触れるだけだったキスは次第に深いものへと変わり、舌を絡ませ、摩らせて・・・。
ちゅく・・と響く水音に更なる熱を誘われてしまって、タカオの瞳が甘く蕩けていく。
カイの瞳も蕩けていく。
いつの間にか夢中になって、互いの舌を追った。

「・・ん、・・ふッ・・ぁ・・・っ・・・!」
「・・・・。」

ようやく唇が離されると、タカオはカイの胸に崩れ込んでしまった。
それを優しく抱きしめながら、カイは。

「その健やかなるときも、病めるときも・・・喜びのときも、悲しみのときも・・・・。」
「・・・え?」
「富めるときも、貧しきときも・・・・。」
「ちょ・・・カイ?」
「ここは教会だな?」
「うん。」
「たった今、オルガンが流れた。結婚式で使われる事も多いものが。」
「うん。」
「だから、次に来るのは宣誓だ。」
「な、なんでそーなるんだよ!」
「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。」
「・・・・・。」
「誓いますか。」
「どーしちゃったんだよ、お前・・・。」
「誓うのか誓わないのか、どっちだ。」

カイが、ずいっ・・と顔を寄せて迫った。
今度はタカオが迫力負けする番だった。たじたじになりながらタカオは。

「ち、誓う・・・に決まってんだろ?」
「そうか、よかった。では、誓いの口付け・・・は今した所だが、何度しても問題あるまい。」

再び、唇を押しつけられた。
舌を絡め、歯列をなぞり。

「・・ん、・・ぷ、はぁっ・・・!」

唇を離すと、タカオは涙目で睨み付ける。

「どうした。」
「普通、誓いのキスっていったら、触れるだけだろ?」
「大は小を兼ねる。より深いもので何の問題がある。なんなら誓いのセックスでも構わんが?」
「だーーーーっ!!なんで、そうなるんだよ!!こんな所でそんなことしたら、罰が当たるだろ?大体、なんだよ、さっきから!」

タカオの文句は一切無視してカイは続けた。

「次は、指輪の交換だな。」

たまたま見つけた廃墟の教会でオルガンまで弾いてしまったものだから、なんとなくカイが遊び始めた、と思っていた。
しかし。

「・・・・!」

カイがポケットを探り、手を広げた。
今さっき見惚れたカイの大きくて綺麗な手の平には、指輪が二つ。

「カイ・・・これ・・・・。」
「頼んでおいたものがようやくできたんだ。」

聞いてねーよ、と思いながらタカオは指輪をただただ凝視する。

一見シンプルなプラチナリングだった。
しかしよく見ると、細やかな文様・・・片方は青龍、もう片方は朱雀がうっすらと彫り込まれていた。
模様は青龍と朱雀であるものの、明らかにお揃いの指輪とわかる見事な細工。
そんなものが彫り込まれているのに、決して派手ではない。
あくまでもシンプルで美しかった。
そして指輪の内側には、青龍のものには青い石、朱雀のものには紅い石が小さく輝いている。
誰がどう見ても、ふと思い立って手に入るようなものではない。
そして、そのような指輪を贈る理由など、古今東西、一つしかない。

この教会を見つけたのは偶然かもしれない。
でも、カイがしたこの話の流れは決して偶然じゃない。
この指輪はカイの心、そして決意、覚悟。



「受け取ってくれるか?」

真摯な紅い瞳を向けられて涙が溢れそうになる。
タカオの答えは、とうに決まっている。
決まっているが細々とした事に目を奪われて一番大事なことを置き去りにしていた。
カイはとっくに覚悟を決めていたというのに。

俺は、馬鹿だ・・・・。


タカオは必死に頷くものの言葉にならない。
カイは穏やかな笑みを浮かべると、タカオの左手を取って厳かに指輪をはめていった。
勿論、薬指に。
今度はタカオの番だ。
カイの左手を取り、薬指に指輪をはめていく。
完全に指輪をはめきったその時、タカオは満面の笑顔で涙を散らせながら、カイに飛びついた。

「カイ・・・!!どんな時も、命ある限り、愛してる!!」









end

随分前、ブログに小ネタとして書いたものに肉付けしました。
長いこと、あーでもないこーでもないとちまちまやってました。
なのにあんまり変わってない・・・。
ブログを探してみたら5年近く前の記事で発見。
そんなに前だったか・・・。

以下、ブログからそのまんま

「テレビをボーっと見ていたら
道の駅に結婚式場があるところがある、とやっていて
頭の中が一気にカイタカになった!

たまたま訪れた道の駅じゃ、なんだから
どこか郊外の・・・いっそ森の中とか
そこに忘れ去られた誰もいない教会。
となると、日本じゃないよね、ヨーロッパ?
妄想は膨らんでいく。」

ってことらしいです。
肉付けするに当たり、この二人は幾つぐらいだろう?
学生?社会人?色々考えました。
ボツネタに学生バージョンがあったりしますが、あれこれ考えて教員版をあげました。
無理だった方、ごめんなさい!


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2021.2.8)