中国大会準決勝。
タカオがレイを背負って、遅れてバトル会場へ駆けつけた。
あの、トラブル満載だった、その日の夜の事。
「・・っ!」
足首を固定していた包帯を解き、古い湿布をはがすと
レイが短く呻いた。
レイの足首は、見るも痛々しく赤く腫れ上がっている。
「レイ・・・。」
タカオは心配そうに、レイを見上げた。
「大丈夫だ、これくらい。」
そう言って、レイは微笑む。
こんなに痛そうなのに、笑ってくれるレイに
タカオは、まるで突き上げられるように
居たたまれない気持ちが込み上げてきた。
「ゴメン・・・レイ・・・・ッ!俺が寝坊したばっかりに・・・・!」
「タカオ・・・。違う。お前のせいじゃない。」
どこまでも優しいレイ。
しかしだからといって、それに甘えていいわけがない。
タカオは己の犯した罪に、どうしたら良いのかわからなくて
ただ、レイを見上げた。
深い色合いの藍色の瞳が揺れている。
放っておいたら泣き出してしまいそうだ。
レイは溜息をついた。
「タカオ。これは俺の責任だ。」
「・・・!?」
「俺がお前に唐辛子なんか食べさせたりしなければ・・・。
その後だって、残ったりしないで、お前を背負ってバスに乗ってしまえば良かったんだ。
なのに、俺は・・・・・。」
タカオが目に涙を溜めて、必死にレイを見上げている。
レイは悪くない!と、瞳がそう言っている。
そんなタカオに、レイはフッ・・と自嘲気味に笑んだ。
「我ながら情けない・・・。
俺は、きっとお前にちょっかいを出したかっただけんだ。」
「ちょっかい?」
「ああ。寝坊するタカオを、他のヤツに起こさせたくなかった。
誰かがタカオに手を出す前に
俺がタカオを、一番効果的な方法で起こしたかったんだ。」
「・・・?」
「唐辛子を食べさせた時、そこまで考えていた訳じゃなかったが
あれを食べたらタカオはきっと、大変な事になる、介抱が必要になる。
介抱してやるのは当然、食べさせた俺という事になる。
それを心のどこかで計算した上で、食べさせたような気がする。」
「・・・・。」
「俺は、お前に・・・・少しでも関わっていたかっただけ、なんだ・・・・。」
「・・・・。」
「結局、予想を遥かに上回る事態になってしまった。
全て、俺の浅はかな行いが招いた結果だ。」
「レイ・・・・。」
「タカオ、すまなかった。」
レイは頭を下げた。
「ちょ、・・!やめてくれよ、レイ!」
タカオは混乱してしまった。
レイが何を言っているのか、わからない。
自分に関わっていたかったって・・・どういう・・・。
レイは一体、何が言いたかったのだろう?
しかし、それをハッキリさせるのは、なんとなく避けた方が良いような気がした。
だから敢えて元気に言ってみせる。
「とにかく!俺が寝坊したりしなければ、唐辛子を食う事もなかったんだから!
だから、レイが悪いなんて事はない!!絶対だ!!
それに・・・・あの時、レイが俺を助けてくれたから、こんな事になったんだ。忘れたのか?
レイがあの時助けてくれなかったら、俺は下手したら死んでたかもしれないんだぞ?」
崖を登っていたら、落石があった。
このままではタカオに直撃してしまう。
一瞬の事で、いくら白虎族と言えども
タカオを突き飛ばし、自らも石を避けるだけで精一杯だった。
「そうだったな・・・。」
レイは思い出して、柔らかく微笑んだ。
レイが穏やかに笑うのを見て、タカオもようやくホッ・・とした。
先程からのレイが言う事に
なんとなく、踏み入ってはいけない
そんな妙な緊張が、タカオを襲っていただけに。
でも!
これで二人笑い合って、いつも通り!と思っていたら。
その刹那。
レイの腕が真っ直ぐに伸びてきて、気づけば
タカオはレイに抱きしめられていた。
「え・・・・。」
「タカオ、ありがとう。」
「・・・。レ、イ・・・。」
突然の事に、タカオは目を見開いたまま、動けなくなってしまった。
抱きしめられた。ありがとう、と言われた。
感謝の意を伝えようとして?
──そう、そうだよ!ありがとう、だよ!!
で、感激のあまり、抱きつかれた、それだけだ!!
だが、あまりに優しく抱きしめられて
あまりに心地よくて
なにやら妙な感覚がして、頭がおかしくなりそうな・・・。
──俺・・・一体、どうしちまったんだよ・・・!!
「な、なんでレイがそんな事、言うんだよ。それはこっちのセリフだろ?」
精一杯、平静を装って言ってみせる。
「タカオが・・・俺に罪悪感を持たせないように、一生懸命、頑張ってくれたから。
それが嬉しかったんだ。」
抱きしめられた、至近距離で、息がかかるほどの距離で
吸い込まれそうに美しい金色の瞳が、すぐそばにあって。
こんな時に、そんなものをこんなに近くで見せられては。
気が遠くなりそうだ。
どうしたらよいのか、なんと言ったら良いのか・・・・。
とにかくいつも通りに!!と、なんとか混乱を抑え込もうとするものの。
「は、ははは・・・・。」
未だかつて、こんな状態は経験がなかった為に
タカオは乾いた笑いを浮かべるのが精一杯。
とにかく、これ以上こうしていたら
何か変な事を口走ってしまいそうで・・・・。
だからタカオは、とにかくレイから距離を取ろうともがいてみたが
足を痛めているレイに負担があってもいけない。
自然、タカオの抵抗は緩いものとなる。
そんなふうにタカオが動くので
レイは逆に、抱きしめる腕にキュッ・・・と力を込めた。
更に強く抱きしめて、そしてタカオの耳元で。
「タカオ・・・お前が好きだ・・・。お前に会えて・・・良かった・・・。」
「え・・・。」
タカオは、頭の中が完全に真っ白になってしまった。
しかし。
その次の瞬間には、無情にもレイはその腕を緩めてしまった。
「タカオ。悪いが、湿布、張ってくれるか?」
突如、いつもの調子でそう言われて。
「あ、ああ・・・。」
状況の変化について行けない。
タカオは混乱状態、胸の高まりが治まらぬまま。
──レイの・・・足。
俺の事を守ってくれた為に、こんなになった・・・・レイの・・・・。
タカオはそっと、目にも痛々しいレイの足に触れた。
そして、ゆくりと湿布を張ってやる。
「・・っつ!」
「悪い・・痛むか?」
苦痛に顔を歪めつつも、微笑んでくれるレイに
不覚にも、更に心拍数が高くなるタカオがいて
もう、本当に・・・・さっきから、何が何やら・・・・・・。
「ゴメン、出来るだけ気を付けるけど・・・。」
「ああ、大丈夫だ。」
不器用ながら、なんとか包帯を巻いていく。
少しでも苦痛がないようにと、丁寧に・・・・。
そしてようやく、包帯を巻き終わると。
「できた・・・。」
「ありがとう。」
レイがニッコリと笑う。
タカオはまたしても、ドキッとして慌てて目を逸らす。
もう、先ほどからすっかり、タカオは挙動不審者だ。
自分でも、これじゃマズイと分っているのだが
さっきから、何故かレイがキラキラと光り輝いて見えてしまって
どうにもならないのだ。
レイはそんなタカオの葛藤に、気づいているのかいないのか。
全くいつもの様子に戻ってしまったレイはその足で
皆のいる寝所へ戻ろうと立ち上がった。
タカオは慌てて肩を貸してやる。
また密着できるのが、嬉しいような・・・。
──どうしちまったんだよ、俺!!
「タカオ、すまないな。明日になったら、きっと歩けるようになってるから・・・。」
「いいって。無茶すんな。」
そしてようやく寝床のある部屋へ着くと
皆はもう、スースーと寝息を立てていた。
「おやすみ。」
寝床に入って、微笑みを浮かべて静かにレイが言うのに
またしても心臓が爆発しそうになってしまって。
隣に眠るのが、レイでなくて良かった。
間にマックスがいてくれて、本当に良かった、とタカオは思った。
「お、おやすみ!」
慌てて言って、タカオはダッシュで布団にもぐりこんだ。
そして布団の中で、丸くなって
必死に自らを抱きしめた。
──落ち着け・・・・!落ち着くんだ!!
こら、心臓!!ドキドキいうんじゃない!!
さっきの、レイの・・・あの、「好き」は・・・
俺だって、いつも言うじゃないか!!
抱きしめられたのだって、嬉しくてつい、抱きしめただけ・・・・
俺だってするし、マックスなんてしょっちゅうだ!
それだけの事だ!!
だから・・・・慌てふためく方が、どうかしてる・・・・。
どうかしてるんだよ!!
なのに、なんで・・・・俺、こんなに・・・・・・・。
俺、ホント・・・どうしちまったんだろう・・・・・・。
・・・・・・。
レイ・・・・。
タカオはいつまでも、震えながら丸くなっていた。
レイの寝息が、いつからか聞こえ始めて
タカオは心の底からホッ・・と安堵する。
こんな訳の分らない異変、気づかれたらと思うと恐ろしい。
──レイ・・・俺・・・おかしい・・・レイ・・・・・・。
end
「計画ど〜〜〜り!!」と内心ガッツポーズしてるレイがいそうだ。
さて・・・無印見直しをしております。
この、唐辛子&バトルに遅刻、という話の次の話の冒頭。
レイとタカオがあまりにイチャイチャ
どう見ても初夜の翌朝!というラブラブっぷりに
その前夜を妄想せずにはいられなかった・・・っ!!
なのに、何もない前夜ですみません!!
元は日記に小ネタとして書いたんですが、小ネタにしては長いので真面目に上げる事に。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
(2015.9.22)