「あんなヤツ、倒して捕らえるのは造作もないこと。
それをみすみす逃すとはな。
貴様、それでもベイブレーダーか。」
「・・・・・・。」
「中途半端な気持ちでいるから白虎にも逃げられるんだ。
白虎は力の化身。
戦うのなら、全力で戦え。
でないと・・・迷惑なんだよ。」
「俺は・・・本気のつもりだった。」
「つもりだった、か・・・。
だとしたら・・・尚更、迷惑な話だぜ。」


降りしきる雨。
白虎が去ったショックとカイの言葉の重みで
身動きもできず、レイは雨の中いつまでも立ち尽くしていた。










その夜。
皆が寝静まってから。

5人そろって雑魚寝。
そんな中、ムクリと一人、起き上がる。
なにやら荷物をまとめ、そして手紙を寝床に置いて部屋を出た。

───すまない・・・・・・。


心の中で別れを告げ、歩き出そうとしたその時。

「どこへ行く。」

聞き覚えのあるハスキーボイス。
レイは立ち止まった。
声の主は振り返らずとも分かる。

「白虎が去った以上、俺はこれ以上、皆と行動を共に出来ない。」
「で、夜中にこそこそと逃げ去ろうというつもりか。」
レイは唇を噛んだ。
「白虎がいなければ、俺は皆に迷惑をかける。」
「貴様の力は白虎だけによるのものだったのか。」
悔しさに体の震えを止める事も出来ないレイに、カイは更に畳み掛けた。
「・・・・!」
「お前は強い。」
カイの言葉にレイは思わず振り返る。
カイは壁にもたれ腕を組み、レイを睨み付けていた。
「お前の強さは白虎に頼ったものだけではない筈だ。
そもそも、弱いヤツに白虎が宿るはずもない。」
「・・・・。」
カイの言いたい事は分かる。
分かるが、しかし白虎がレイを見捨てた事も事実だ。
「俺は・・・お前のその強さが欲しい。」
しかし。
その言葉を聞いたレイ、厳しかった表情がみるみる呆気に取られたものに変わり、目を丸くした。
そして。
「・・・・。そうか、そういう事か。」
レイはツカツカとカイに歩み寄り、カイがもたれる壁に手を突いてカイを至近距離で見つめると。
「お前、俺が欲しかったのか。」
いきなりのレイの豹変に、さすがのカイも焦った。
「・・・・な・・・!」
「それならそうと、もっと早く言ってくれれば良かったのに。」
レイの手がカイの顎を捉え、唇が・・・・。
「な、何を・・・っ!」
「とぼけるな。こうして欲しかったんだろ?」
カイの股間に膝を割り入れ、肩と頭を壁に押さえつける。
「・・・黙ってろ・・。」
レイはそのまま、カイの唇を塞いだ。
「・・・・っ!・・・・、・・・・!!・・・〜〜〜!!」
が、しかし。

ガリ・・ッ!!

「・・・っつ!!」
レイは飛びのくようにカイから離れる。
その口元からは一筋の血が流れていた。
「貴様・・・・っ!!」
カイは唇を手の甲で拭いつつ凄むが。
「・・・酷いな。痛いじゃないか。」
対してレイは飄々と文句を言い・・。
問題はそこじゃないだろう!と益々激昂してしまうカイ。
「・・・殺してやる・・・・!!」
「なんだよ、嬉しいくせに。俺の強さが欲しい、と言ったのはカイじゃないか。」
「俺は・・!俺はBBAにはお前の強さが必要だと、そう言いたかっただけだ!!」
「・・・ま、どっちだっていいさ。俺はBBAを去るつもりだし、二度とお前とこうして会うこともない。」
レイは荷物を肩にかけ直した。
「・・・・・。」
「もうちょっと早くお前の気持ちに気付いていたら、もっと楽しく過ごせただろうが・・・。」
「勝手に人の気持ちを決めるな。それに・・俺には恋愛などしている余裕などない。」
「・・・・。もっと肩の力、抜いた方がいいんじゃないか?
お前、せっかくカッコいいんだからさ。そんなんじゃ、女の子も寄ってこないぜ?」
カイは溜息をついた。
どうもレイと話していると調子が狂う。
他のメンバーもいれば、レイは皆の良いお兄さん役を演じているのだが
カイと二人きりだと、何故か話がそっちへそっちへと向かうのだ。
カイがそんな話に興味などないのは分かっているくせに。
「・・・で、どこへ行くつもりだ。」
「さあな・・・。」
「白虎はどうする。」
そう聞かれるとレイは厳しい瞳のまま、ただ前を見据えるだけで何も言わなかった。
「・・・じゃあな。」
そしてカイの最後の問いには答えぬまま、レイは片手を軽く上げて手を振ると行ってしまった。






翌朝。
レイが出て行ったことを知り、騒ぐタカオ達。


「そんな暇があったら練習でもしろ。明日は試合があるんだ。」
「冷てーヤツだな。仲間だったレイと二度と会えなくなるかもしれないんだぞ?」
「それはまだ、わからない。」
「え・・どうして。」
「レイはこのまま泣き寝入りするタマじゃない。
きっとどこかで白虎を取り戻す為の努力をしている筈だ。
それがうまく行きさえすれば、放っておいてもレイは戻ってくる。」
「カイも戻ってきて欲しいですか!?」
マックスが思わず前へ飛び出して聞いた。
カイにもチームを、仲間を思う気持ちはあったのかと・・それをどうしても確かめたくて。
しかし。
「誤解するな。俺が欲しいのはレイの強さだ。
BBAが強くないと、この大会を勝ち抜けないからな。」



タカオ達の前から立ち去って・・・
そしてカイは思い出していた。
「白虎はどうする。」
そう問うた時の、レイのあの瞳。
色恋沙汰の話になると、とことん軽いヤツだが
レイの強さを求める姿勢、己の力を磨き抜こうとする姿勢は本物だ。

───早く帰って来い。
     お前はこんな事で消えるようなタマではないはずだ。

まるで水墨画の世界のような、ほぼ垂直にそびえる山々。
カイはその山の遥か彼方の空を見上げ、そんな事を思った。






そして。
その日のうちにレイはBBAに戻ってきた。
タカオ達に何を言われたのかはカイには分からなかったが
あのタカオとマックスの事だ、まあ、たやすく予想はできる。

───白虎なしで俺の力がどこまで通じるのか、試してみたくなった。

そんな事を言っていた。

それで、いい・・・・・。
お前が前向きに、己を磨きつつ戦っていれば白虎は必ず戻ってくる。
お前は間違いなく白虎に魅入られし者。



皆がわいわいレイの帰りを喜んでいる様子を見て、カイはフッ・・と小さく笑むと、静かに立ち去った。
誰もそれには気付かなかったが、レイだけは気付いていた。




その夜。

「な、カイ!昨日の続き!!」
「貴様・・・・何を考えている!!俺は男だぞ!?」
「・・・カイからそんな常識じみた答えが返ってくるとは思わなかったな。
だってお前、妙な色気があるし。」
「俺を愚弄する気か!」
「お前、男と経験あるだろ。」
「・・・・・!!」
カイは紅い瞳を見開いた。
「俺、そういう事の直感は外した事、ないんだ。」
明らかにうろたえているカイ。
対してレイは、とても楽しそうだった。
「俺、どうやら本当にお前に惚れちまったらしい。」
「なにを・・・!」
「お前だって、満更じゃないんだろ?」
レイは昨夜のようにカイの顎を取り、至近距離で見つめる。
金の瞳が美しく、細い瞳孔。
レイの後ろで輝いているあの月よりも・・・ずっと美しく・・・まるで魔物の瞳のような・・・。
このまま見ていたら、吸い込まれる・・・。
「・・っ!!」
カイは、顎を捕らえられていたので瞳だけ逸らし、必死の抵抗を試みるが。
「たまには素直になれよ。」
そう、言われて・・・・。

昨日のレイの言葉。
「もっと肩の力、抜いた方がいいんじゃないか?」
あまりにも的を射ていて驚いたが・・・同時に哀しみのようなものも胸に沸き起こった。
それは気付いてはいけない事だった。
心の奥に封印してしまったカイの感情の全て。
非情に徹しなければ目的を達成する事は出来ない。

───しかし・・・この男は・・・・・。

そう思うと、頑張って強がり続けていた体中の力がすっと・・・抜けていくのを感じて。
そしてカイは少し戸惑いながら、瞳をゆっくりとレイに向けた。
金の瞳と紅い瞳。
二つの宝石がゆっくりと閉じられると
僅かに離れていた唇が重なった。
レイの手がカイの背と後頭部に回されてカイを抱きしめると
カイもゆっくりとレイの背に腕を回す。

───これが・・・人のぬくもり・・・・・。

それは決して欲してはならないものだった。
父に捨てられたあの日から、カイは感情を捨てた。
しかし・・・カイも人間だ。

遠い昔、父親に母親に当たり前のように貰っていたぬくもり。
その後何人の男に肌を許したか、いや、それを強いられたか知れないが
本物のぬくもりは遂に得られなかった。
しかしそれが今、ここにある。

「お前は・・・俺を裏切らないと誓えるか?」
「・・・・・。」
それは予想もしていなかった言葉。
レイは少なからず驚いた。
「俺はもう・・・裏切られるのは嫌だ。
だから誰も信じないと決めた。
誰も信じなければ裏切られる事はない。
しかし、お前は・・・・。」
そこまでカイが言った所でレイはカイの唇をもう一度塞いで、その言葉ごと絡め取ってしまった。
「・・・言わなくてもいい。それ以上は。言う必要もない。
俺はカイを裏切ったりはしないから。
さっきはふざけた態度で言っちゃったけど、俺は本当にお前に惚れてしまった。」
「・・・・。」
「お前のその厳しさが好きだ。
お前はいつも人に厳しい。しかし自分にはもっと厳しい。
自らを厳しく律し、そしてさらに高みを目指すお前が好きだ。
そしてお前は案外・・とても優しい。
気付いてないだろうけどな。
でもお前の優しさを・・・俺は中国に来てから何度も実感している。
そしてカイ、お前・・・俺に「言えない訳がありそうだ」と言ったが、お前にも言えない事情が・・それもとんでもない事情があるだろう。」
「・・・!」
「今は言わなくてもいいさ。お前が俺に言ったように、無理に聞き出すものでもないし。
ただ、俺は・・・それの為にお前が辛いなら、せめて俺と二人だけでいる時にはお前が楽になれたらいいと思う。
俺の前では・・・もう強がる必要はない。泣きたい時は泣けばいいし、抱いて欲しいならいくらでも抱いてやる。」
「・・・お前の前では・・・俺は、もう・・・・。」
「お前はいつも一人であろうとする、たった一人で戦い抜こうとする孤高の存在だ。
そんなお前も好きだが・・・人はそんなに強い生き物じゃない。
せめて俺の前だけでは・・・肩の力を抜け。そして俺に寄りかかればいい。」
必死にレイを見つめていたカイの表情が一瞬だけだが、緩んだ。
それはほんの少しだけ垣間見えた、カイの本当の姿だったのだろうか。
そしてカイは改めてレイの金の瞳に問う。
「レイ・・・、もう一度聞く。この先何があっても・・俺がどうなろうとも、俺を裏切らないと誓えるか?」
「誓うさ、何度でも。」

その時、初めてカイのその端整な顔に、心からの笑みが浮かんだ。








皆が寝静まる夜。

BBAチームの皆が眠るこの部屋の
カイとレイ、二人分の寝床は空のまま
夜はどこまでも更けていく。

文明の利器の及ばないこの地域。
月がなければ、夜はまさに漆黒の闇。
その闇に紛れて・・月明かりだけが二人を照らす。

どうかいつまでも・・・夜よ、このまま・・・・明けないでくれ。

哀しいくらいに・・・お前が好きだ・・・・。




















end



在庫を色々見ていたら、この話が見つかりました。
短いながらもなんとか話として成り立っていたので、修正等を入れて上げる事にしました。
小ネタにしては長いですしね。

さて、この話。
確か、突然白虎が去ったあの話を思い出してDVDを見たんですよ。
この話は無印の中で特に好きな話の一つです。
でも・・・修正を入れていくうちに、複雑な気持ちになってきてしまって。
カイを素直にさせるのはやっぱりタカオの役目だろう!という
本命はカイ受けならばタカカイなので、どうしてもそう思ってしまって悩みました。
いつもは他CPを書く時は、完全に割り切ってそのCPのみを考えるんですが
今回、カイの本質に触れる部分があったので、それはやっぱりタカオにやって欲しい・・と思ってしまって。
でもこれを書きながら、物語の中の彼らの声に私なりに耳を傾けて出てきたセリフ、展開がこれだったので
だから改めて考えてみました。
この無印中国編の時点では、タカオは多分カイに惹かれてはいると思いますが全く自覚なしでしょう。
本当にお子様ですからね、無印のタカオは。
カイも、惹かれてると思いますが自覚なしで、むしろイライラするムカつくヤツと認識しているでしょうし。
ですがここに経験豊富なレイがいる。
レイは色んな事を見抜いて支えてくれる。
中国編だけを見てる限り、カイもレイに満更でもないようですし
ここで、もしレイが攻めに出たら、カイの抱えているものを分かってあげる事が出来たら
こうなる事もあるかもしれないって。
カイはファザコンですからね。
年上の男、包容力のある男には弱いです・・と勝手に考えています。
レイは確かカイより一つ年下設定ですが・・
でもレイも、その経験豊富さから意外と包容力があるので・・・カイを包み込んであげられるんじゃないかと思いました。
仁相手なら正真正銘、大人だからもうちょっと楽だったかもしれませんが(笑)。
タカカイは・・やっぱりGレボくらいまでタカオが成長しないと、受けならともかく攻めとしての包容力はつかないかな・・と思いました。
語ってしまいましたが・・・やっぱりこれはこれでいいかな・・という結論に至って上げるところまで辿り着きました。
完成したのはいいけど、ここまで考えるまで納得がいかなくて上げられなかったんですよ。
でも私の中で、ようやく納得出来たので上げる事にしました。
・・っと長々大変失礼致しました。
しかしまあ・・・この二つの表のレイカイ、並べてみると内容が似てる・・・ああ、すみません!!
えっと、それから・・・私のように年のいった人には分る方がいらっしゃると思いますが
タイトルとラストの所、オフコースの「哀しいくらい」から頂いてしまいました。
ラストあたりを書いていたら、この歌が聞こえてきてしまって・・・止まりませんでした、すみません、すみません!!

最後の最後にもう一つ言い訳を・・。
アニメではレイは大転寺会長に事情を話して出て行くんですよね。
でもそれでは萌える話にはならないので勝手に捏造しちゃいました。
申し訳ございませんでした。
それでは、原作にちょっとプラスした程度の話ですが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
(2009.11.24)



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