決勝、ロシア大会が終わった。
あのユーリとの和解。
そして火渡総一郎の失脚。
ヴォルコフ修道院の崩壊。
悪は滅びた。
一見、何もかもがいい方向へ向かっていた。

大会の後は皆でとことんベイバトルを楽しんで
せっかくだからと観光して周り
そして明日はもう日本への帰国の日──────。

日本に帰ったら、また日常が始まる。
夢のような祭りはもう、今日で終わり。
そして祭りの終わりは別れを意味する。
タカオも・・・そして皆も、それを心のどこかで惜しみつつ
更なる未来へと目を向け始めていた。



一面の銀世界。
立ち込めた木々、枝々の雪化粧が太陽の日差しに乱反射してキラキラと輝いて。
この世のものとは思えない、とても幻想的な世界。
「綺麗だな〜!ほら、カイ!虹色に光ってる!」
こんな景色は日本ではとてもお目にかかれない。
さらさらでキラキラ輝く雪と、そして遠くに見えるロシア独特の建築物。
何もかもが美しかった。こういう時、ここは遠い異国なのだと思い知らされる。
こんな美しいこの場所でも地獄はあるのだと、カイは知っていたのであるが。
いや、正確には「地獄はあった」と言うべきか。
そんなカイの思惑などは露知らず
タカオはこの風景に溶け込んで、まるで子犬のようにはしゃいでいた。


カイには一つの決意があった。

「木ノ宮・・・・。」
そうなのだ。
あのカイにしては珍しくタカオを散歩に誘ったのだ。
タカオは少し妙に思ったのだが、カイが誘ってくれた事がとにかく嬉しくて。
何の疑いもなく雪の林に分け入ったのである。

一人はしゃいでいたら名前を呼ばれ、振り向くと
カイは真摯な面持ちをして立ちつくしていた。
さすがにおかしいと思ったタカオは
「?どうしたんだ?カイ、改まっちゃって。」
と、訊ねるが。
「・・・・・。」
珍しく言いたい事が言えない様なカイの姿に、タカオは素直に首を傾けた。
「??」
タカオは大きな瞳をさらに大きく見開いて
滅多に見られないカイの少々思いつめたような表情を、ジーっと見つめた。
ジー・・・・・っと見つめるあまり、顔がどんどん接近していく。
「・・・どうでも良いが・・・。まるで子犬のような瞳で人を凝視するのは止めてくれないか。」
カイは苦笑気味に言った。
「あ、悪い悪い!
だっていつも言いにくい事までズバッと言い切るくせに、今のカイはなんて言うか・・・・
その・・珍しい事もあるもんだな〜って思って、つい、さ。」
そうしていつものように、へへっ・・と笑った。
「・・・・・。」
「で、どうしたんだ?お前らしくないぞ?」
タカオに言われ、カイは諦めたように溜息をつくと
「確かに、俺らしくないな。」
「そうそう!言いたい事はハッキリ言いましょう!って・・・俺の悪口とかは止めてくれよ?」
表情がクルクル変るタカオがあまりに面白かったのか、カイは小さく笑った。
今まで一緒に旅をしてきて、カイの笑顔なんて殆ど見たことがなかったタカオは思わず見惚れてしまう。
「悪口を言おうと思っていた訳ではないが・・・苦言ならいくらでも言ってやる。」
カイの顔が少し意地悪な表情に変る。
「あー!勘弁!それだけは勘弁してくれよ!
明日帰るっつーのに最後に嫌な思い出が出来ちゃうじゃないか!」
「明日・・・・か。」
カイは気まずそうに瞳をそらした。
「?」
「それなんだが・・・。俺は今日を最後にBBAから離れる。」
「・・・・え?」
「明日、お前達と共に日本に帰るつもりはない。」
「・・・・なんで・・・・。」
「お前と会うのも、恐らくこれが最後になるだろう。」
「・・・・・・!」
タカオは一瞬で目の前が真っ暗になるのを感じた。
「お前は俺の一番苦手なタイプだったが・・・楽しかった。そして世話にもなった。感謝している。」
「ちょっと待ってくれよ!一緒に帰らないのはまだ良いよ。
火渡は今度の事で色々あって大変だろうから!でももう会えないってどういう事だよ!」
「俺が・・・もうお前には会わない方が良いと・・そう判断したからだ。」
「どういう・・・事だよ・・・・。」
恐れと悲しみを含んだ必死の形相。この顔はバイカル湖でのタカオを思い出させた。
「俺、そんなにカイに嫌われてんのか?」
「そういう事ではない。」
「じゃあなんで!?
俺、お前の家がどこにあるのか知らないけど、あの日あの川原で出会えたんだから・・・
そんな会えないほど遠くじゃないんだろ?」
「・・・・・・。」
「カイ!!」
「・・・・くどい。」
必死に詰め寄るタカオに、カイは非情に言い放った。
「・・・え・・・?」
「くどいと言った。俺はお前に今後会うつもりはない。それだけだ。」
タカオの大きな蒼い瞳にみるみる涙が溜まっていく。

───そんな顔をするな。そんな顔をされると・・・・。

「そっか・・・。今、火渡は大変だろうし、のんきに俺達に会ってなんかいられないよな。
・・・それにカイは大財閥の御曹司だから・・・俺なんかとは生きる世界も違うし・・・。
ゴメンな、俺・・・カイの事・・最初は無茶苦茶嫌なヤツって思ったけど、今は大好きになっちまったから・・
日本に帰っても、また時々バトルできたらなーって、勝手に思ってた。でも無理・・だよな。」
堪えていた涙が一筋流れ落ちた。
一度流れ出すと、もう止まらない。

───何故。何故こんなに悲しいんだろう・・・・何故。

タカオには分からなかった。
ただ、もうカイに会えない。そう思ったら悲しくて苦しくてたまらなくて。
涙が溢れて止まらなくて。

レイは一度村へ帰るという。
レイにだって、もう二度と会えない可能性は十分ある。
マックスも一度日本に帰るが、その後アメリカへ行ってしまうかもしれないと語っていた。

───なのに。
     なのに違う。違うんだ。
     レイやマックスと・・・。
     何故?何故俺はこんなに・・・・?

だが、タカオは気丈にも涙を服で拭ってニッコリ笑うと、カイに手を差し出した。
別れの握手を求めて、の事だ。
「ゴメンな?わがまま言って。元気でな?」
「・・・・・・。」
このタカオの表情、行動がカイの中の何かを突き崩していく。
尚も笑顔で続けるタカオ。
「俺、お前の事、一生忘れな・・・・・・。」
刹那・・・・。
無意識に、無言のまま、カイは差し出されたタカオの手を引き寄せた。
そして。
カイはタカオをその胸に抱きしめていた。きつく・・・。

「カ、カイ・・・・!」
「うるさい!」
「・・・。」
「・・・少しだけでいい。このまま・・・・・。」
カイのこの、切羽詰ったような声。
こんなカイは初めてだった。
あまりに突然の、思いがけない出来事で、タカオには何がなんだか分からなかった。
一番苦手なタイプだったと言われた。
そして今後会うつもりはないとも。
なのに今、カイはタカオを抱きしめている。
一体何がどうなって?
だが、タカオはカイの胸の温かさを、鼓動を、そして腕の力強さを全身で感じて
なんと言ったら良いのだろう、戸惑いも大きかったが、心の底から湧き上がるものを感じて
ずっとこうしていたいような安らぎを覚えた。

そしてカイがゆっくりとタカオを離す。
まだ離れたくない・・・そんな想いがタカオの中に生まれていた。
見上げると、カイの紅い瞳がかすかに揺れて・・・。
なんだか分からないが、カイが何か必死に訴えようとしているような
そしてタカオはなにやら居ても立ってもいられないような・・でもどうしたら良いのか分からず・・・
ただひたすらカイを見上げた。

それはとても自然な流れに思えた。
一度遠ざけられた体がまた引き寄せられて、今度はタカオの唇を・・・・。
「・・ん、カ・・・!」
「・・・黙れ・・・・。」
唇の合間に囁かれる吐息のような、でも力のこもった言葉に逆らえない。
タカオはその蒼い瞳を見開いて、至近距離の紅い瞳に魅入ってしまって。
その紅に吸い込まれていくように体の芯がジン・・・と痺れるように。
その感触はどこまでも甘く柔らかで・・・。
ようやくカイがタカオを開放した時には、タカオの膝はすっかり砕けてしまって。
カイはそれを支えてやるように、もう一度タカオを胸に抱いた。
「カ、カイ・・・・。」
まだ熱いタカオの吐息、そして言葉。
そこからタカオの当惑振りが伺えて、カイは一瞬哀しみに瞳を閉じた。
「・・・すまなかった。こんな事をするつもりはなかったのだが・・・。忘れてくれ。」
カイはふらつくタカオを立たせてやると、くるりと背を向けて立ち去ろうとする。

何もかも、思いもしなかった事が立て続きに起こり、頭の整理が出来ない。
だが、今この時を逃したら、一生カイに会うことはない。
そして一生後悔する。
タカオには、それだけは分かった。

必死に心の中で一連の出来事を整理する。
「待てよ、カイ。」
カイは立ち止まらなかった。
「待てったら!!」
タカオは声を大にして叫んだ。するとようやくカイは立ち止まる。
「ちょっと・・・待ってくれ・・・俺、何がなんだか・・・・。」
「忘れろと言った。何も考える必要などない。」
カイは背後のタカオに言い放った。
「そんなの、ずるい。」
「なんだと?」
「だってそうだろ?あんな事されて・・・忘れられる訳ないじゃないか!」
「・・・・不幸な事故にでもあったと割り切れ。」
カイの表情は見えない。だが、この言葉はタカオの胸に深く突き刺さった。
「事・・・故・・・・・?」
「そうだ。」
尚も言い放つ。
再び涙がこみ上げてくるのをタカオは感じた。
だが何故そんな気持ちになるのか、当のタカオにも分からなかった。
「俺は守る。お前を。これからも、いつも。どこへ行こうとも。」
「守る?俺を・・・?」
「ああ。だが安心しろ。もう二度とお前の前に現れない。」
「・・・・・・。」
「気持ちの悪い思いをさせたな。すまなかった。」
そして再びカイは立ち去るべく、一歩踏み出した。
「待てよ・・・。」
溢れ出す涙。
「・・・・待てって言ってるだろ!?」
涙を含んだ叫びが、またカイの足を止めた。
「また・・・俺の前からいなくなっちまうのかよ!」
もう、涙は止まらなかった。
「・・・・・。」
「人の気も知らないで、いつもいつも勝手にいなくなりやがって・・・・!!」
「お前がどう思っていようが関係ない。」
「馬鹿野郎!何もかも勝手に決め付けんな!!」
その叫びにカイがゆっくりと振り向いた。
「俺、わかった。やっとわかった。」
「何がだ。」
それには答えず、タカオはいきなり走り出し、そしてカイに飛びついた。
あまりに突然の事で、カイは何の対処も出来ないまま、雪原に二人、倒れこんでしまった。

「な、なにを・・・。」
「カイ・・・。」
カイに覆いかぶさったタカオは、そのままの勢いでもう一度・・・・。

カイには暫く何が起こっているのか理解できなかった。
そんな事などある筈が無い。
その筈なのだが今、自分に唇を押し付けているのは紛れも無く・・・。

それは決して叶わぬものだと思っていた。
気持ちを伝えた所でどうなるものではない、と。
なのに伝えてしまったのは、ほんの少しは「もしかしたら」と思ったから・・なのだろうか。

───いや、違う。
     「もしも」など、あり得ない。
     あれは衝動的に・・・そう、タカオがあんな顔をするから、衝動的に体が動いてしまったんだ。
     この、俺ともあろうものが・・・・。

だが、「タカオを守る。」との言葉は衝動的に出たセリフではない。
カイは決めていた。
この先、タカオがどんな生き方をしても
大人になって誰かと結婚しても・・何時如何なる時でもタカオを、タカオの家族を守る、と・・・。
だから安心して好きなように生きろ、と・・・。
カイは、それで良かった。自分の気持ちに気付いた時、そう・・決めた。
そもそも。

───普通に育ってきたタカオにとって、俺のこの気持ちは負担でしかないだろう。  
     だから本当なら告げずにいた方が良かったのかも知れない。
     先程、唇付けてしまった時、そう・・・後悔した。

     だが、今、俺の身に起きている・・これは一体・・・・?
     タカオはただ、力任せに唇を俺のそこに押し付けている。
     少々痛いくらいに。噛み付かれていると言った方が正しいのかもしれない・・・。 

「き、木ノ・・・。」
「カイ・・・・俺、お前が修道院に行っちゃって、もう戻って来ないって思った時、無茶苦茶になっちまって・・・
自分で自分が分からなくなっちゃうくらいに・・・・あんなの、母ちゃんが死んだ時以来だった。
バイカル湖の時は、もうこれを逃したら永遠にカイが帰ってこない、そう思ったら怖くて・・本当に怖くて!
でも、どうしても何とかしたくて。
あんな、恐怖と隣り合わせだったの・・初めてだった。
色んな事が初めてで・・・・
でも、カイにキスされて、忘れろって言われて・・・ようやくわかった。
俺、カイが好きだ。大好きだ。カイがいないと・・俺が俺でいられない。」
カイはゆっくりと紅い瞳を見開いた。

───今・・・なんて・・・・?

「言っとくけど、最初に言った「大好き」と今言った「大好き」じゃ、意味が違うからな?」
「・・・・・。お前、自分が何を言ってるのか、分かっているのか?」
「わかってるよ!なんだよ、人が思いきって告白してんのに。
自慢じゃないけど初めてなんだからな?誰かをを好きになるの!
初めてだけど、ちゃんと確信もってるから!!」
「・・・・だが、俺は男だぞ?」
「だからどーだって言うんだよ!好きになっちまったモンは仕方ないじゃないか!」

───これは・・・夢だ・・・。こんな事が起こる筈がない。
     この・・俺に・・こんな幸せが待っていたなんて・・・・・・。
     つい先日まで、この世は地獄、だった。
     なのに・・・・・・。


「カイ。俺もお前を守るから。これからも、いつも。どこに行こうともカイから離れないから!
もう、どこにも行かないでくれ・・・・俺から・・・離れて行かないで・・・・!!」

タカオはポロポロと涙を流した。
キラキラと輝く、この舞い踊る雪に負けないくらいに綺麗な涙を。
それがタカオの頬を次々に伝い、カイの頬に落ちる。
そんな姿に・・・・。
「木ノ・・・。・・・・。タカオ・・・・。」
カイは恐る恐る、そっとタカオの頬の涙を指で拭った。
すると、タカオはへへっ・・と照れくさそうに笑った。
突き上げるような衝動が、カイを襲う。

───この気持ちはなんと言ったら・・お前に伝わるのだろうか・・・・。

カイは自らの心の命ずるままに、タカオを抱きしめた。
タカオもカイを抱き返す。
強く・・・・・・。
そして今もう一度、心からの唇付けを・・・・。

こんな気持ちは初めてだった。
初めて・・・この世に生まれ出た事に感謝した。

───なにもかも、タカオに出会えたあの日から・・全ては始まっていたんだ・・・・。


カイも一筋の涙を流していた。














end





この話は裏に上げました「闇の炎」の続きとして書きました。
でもそれは裏ですし、裏モノが苦手な方、その年齢に達していない方もいらっしゃるでしょう。
でも見ての通り、無印をご存知であれば大丈夫です。
「闇の炎」は、みさき様から頂いたイラストを発端として出来てしまった話ですが
その後、メール頂いてみさき様が仰られていた言葉からまたしても妄想が発展して
この「初恋」の元というか骨組みにあたる話を一気に書いてしまいました。
そこから何度も見直して、上げる事となりました。
ネタとしては無印その直後。
今更・・・かもしれませんが、やっぱりその直後は気になるところです。
カイはバイカル湖の一件で気持ちに気付いたと信じています(汗)。
でも、カイはきっとその気持ちを伝えようとはしないだろうな・・・と思っていました。
「伝えた所でどうなる。あいつを困らせるだけだ。」と。
それよりも影ながら守ろうとするんじゃないかと。
一方タカオはバイカル湖の一件で気付けたかどうか。
お子様ですし。
でも気付いてないながらも絶対に恋に落ちたと、これまた信じています(汗)。
こんな二人なら、下手したら両思いなのに胸に秘め続けて一生を終える事だって有り得ますね。
それにしても。
一体幾つの「なれそめ」を書けば気が済むのか。
カイタカだけでこれで3つ目だ・・・・。
まあ、それぞれパラレルって事でご容赦を。
それでは。ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
そして。この話はみさき様の一言がなければ出来なかった話でした。
みさき様、心より感謝いたします。ありがとうございました!
(2008.12.26)

追記
なんとみさき様がこの話からイラストを描いて下さいました!
上の挿絵がそうですが、こちらで正式に紹介しております。
この話を書きながら思い描いた映像とか、カイやタカオの想いが込められていて
そしてラストシーン、その直後の二人がこのイラストそのもので・・感激です。
みさき様、ありがとうございました!!


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