「この島ともおさらばか・・・・。」
「離れるとなると、ちょっと寂しいな。」
「なら残るか?お前ら。」
「いや、そりゃカンベンだ。」
「ハハハ。」

港をゆっくりと離れていく古ぼけた船。
長かった夢島でのハングリーな生活。
寺門の言うように、どこか名残惜しさも心の隅で感じながら。
しかし。
俺達はあの海堂高校野球部の階段を一つ上ったのだ。
皆の胸は喜びと希望に溢れていた。

「世話になったな!!あばよーーーーーっ!!
元気でな、じじい!!」
「・・・・。」






ようやく夢島を卒業して。
そしてようやくシャバの空気を吸った。

夏休みだ!

「み、見ろ、寿!女子高生だ!足丸出しの女子高生だ!!バンザ〜〜〜〜イ!!」
「・・・ダメだ、こりゃ・・・。」

何をしよう?
テレビ観てゲームしたら、エロ本でも買いに行こう!!

何でもできるぞ!!
ああ、自由って素晴らしい!!


そんな、久方ぶりの自由の最中、誰が提案したのか
夢島の仲間で、遊園地へでも行かないか、という話が持ち上がった。

「野郎ばっかで遊園地に行って何すんだよ!」
「ナンパすればええやろ?ワイが大阪のナンパ術を披露したるさかい、よー見とけや?」
「お前なんかに引っかかる女がいるか!」
「僕にはそんな事、とても・・・。」

などと勝手な事を言っているうちに、日程が決まり、その日がやってきた。



良く晴れた、ある夏の昼下がり。

「今日は夢島での禁欲生活に耐え続けた、あの生活の鬱憤を
これでもか!!って位に晴らそうではないか!!
思いっきり楽しむんだ!嫌ってくらいに!ナンパも結構!
いや〜、こうしてみると、皆様、解放的なお姿で!
野郎ばっかの汗臭い夢島と比べたら、本当の夢の花園、パラダイスだ!!」
「・・・何、言ってんのさ、吾郎くん・・・。」
喜びの涙を流しながら絶叫する俺に、苦笑の寿也。

そして、俺達は思い思いのアトラクションを楽しんだ。
絶叫マシンからほのぼの系。
俺は絶叫マシンだけは遠慮したけど。

今日だけは野球を忘れて。
全てを忘れて。

あの夢島を生き残った
同じ釜の飯を食べ、同じ風呂に入った、この掛け替えのない仲間と共に
大いに笑い、大いに楽しんだ。


そんな、さなか。

「しつこい!」
ギン!と女の子に睨まれて
そしてその女の子は振り返りもせずズンズンと立ち去ってしまった。

「アハハ・・・!三宅、大阪のナンパ術って振られまくる術か?
これで何人目だ?笑い死ぬ〜〜!!」
「うるさいわ!じゃ、今度はお前がやってみい!」
「おっしゃー!この児玉様にかかったら、女なんていくらでも!!」

と、皆で笑っていたら

「あの・・・すいません、良かったら一緒にあれ、乗りませんか?」
と可愛い声が。
女の子の方から、やってきた〜〜〜〜!?
さすが俺!と内心、誰もが思ったが、しかし。
見ると、寿也に、寿也だけに超可愛い女の子達が声をかけていた。
「えっと・・・。」
どうやって断ったら良いのか、必死に言葉を捜しているのが見ていて簡単に分かる。
ホント、寿也ってモテモテだよな・・・いつも思うけど。
まあ、あのルックスじゃ無理もないか。
優しそうな、穏やかな笑顔、整った容姿。
「可愛い」と「カッコいい」がいい具合にブレンドされていて。
最近の積極的な女の子がこの寿也を放っておく訳がない、と言い切れるほどだ。
そして俺は知っている。
寿也の真のカッコよさは外見じゃない事を。
本当に、芯が強い男だということを。
・・・・・でもって、アッチも・・・・際限ないことを・・・!!

寿也に代わって、よせばいいのに、またしても三宅。
「ええよ?あれやな?ほな、行こか!」
と、その女の子の肩を抱こうとしたら・・・。
「ちょっと!あたしはこの人を誘ってんのよ!しゃしゃり出ないでくれる!?」
しおらしく寿也に近づいたくせに、いきなり豹変して強気に出る女の子。
あれが本性、と内心苦笑していたら
そのうちに寿也、こっそり後ずさり・・・。
「あ、待って・・・!」


「吾郎くん、行こう!」
女の子に気付かれた瞬間、いきなり手をつかまれて
そして引きずられるように共に走った。
手に手を取って、共に走る。
ちょっとした逃避行気分。

一瞬の隙を突いての出来事。
皆で一緒に楽しもう、というイベントなのに。
でも俺は、寿也がこうしてくれるのを待っていたのかもしれない。

皆に悪い、と思いながらも・・・ちょっとした、この逃避行が楽しくて
幸せな気持ちに笑みが浮かんでしまうのを、俺は止められなかった。



一方、三宅、児玉その他と女の子達。
「あんなー。アイツなら、いくら誘ったって無駄やで?
アイツ等、正真正銘のホモカップル。」
「え・・嘘・・・・。」
「ホンマ。・・ってな訳で・・・行こか!」
「お断りだって言ってるでしょ!?」
結局、またしても振られてしまった。
「ね、ね、そんな事より・・・さっきの彼、攻めなの?受けなの?」
「は?」
「ね、どっちが攻め?あの人、すごくカッコいいけど可愛いから、やっぱり受け?」
「せ、攻め?受け?なんや?それ??」
さっきまでとは別の意味で瞳をキラッキラに輝かせた少女達のパワーは、完全に三宅達を圧倒していた。




さて。
寿也と共に走って行った先には観覧車。
俺達はそのまま観覧車に飛び乗った。

係員が扉を閉め、ゆっくりと動いていく小さな個室。

「やっと二人きりになれたね。」
俺の正面には、してやったり、とニッコリ微笑む寿也がいた。
「お前なー!やり方が露骨過ぎんだよ!」
内心は嬉しかったのだが、俺は精一杯虚勢を張った。
「いいじゃないか。君と二人で観覧車に乗るのが夢だったんだから。」
「てめーの夢は幾つあんだよ!
夢だったんだから、と言われて今まであーんな事や、こーんな事を散々してくれたくせに・・・!!」
俺の脳裏に過去の記憶が幾つも蘇ると、自然、握り締めた拳が震えた。
「いやだなあ、根に持つタイプは嫌われるよ?」
「いっそ、お前に嫌われたら、って思うぜ。心からなっ・・・!!」
「そう?僕に嫌われたら・・・それこそ大変だと思うけど・・・。」
爽やかにこう言う寿也に、中学時代の事をふと思い出し、俺は思わず引き攣り笑い。
「でも、残念ながら、僕が吾郎くんを嫌う事は一生ないと思うよ?」
そう言いながら、寿也は立ち上がると俺の隣に腰を下ろし
「・・おい。」
さすがに野郎が二人並んで観覧車に乗っている風景はヤバイだろう、と思って俺は思わず制止の言葉が出てしまったのだが
「大丈夫。誰にも見えやしないよ。
それよりご覧よ!もうこんなに高い!海が見える!!」
そしてそろそろ夕暮れ時。
あんなに青かった空が、オレンジ色に変わりはじめていた。
薄暗くなってしまった海には夕焼けの色が反射して・・・とても幻想的な景観をかもし出していた。
「本当に・・・綺麗だ・・・・。」
「うん・・。」

夕暮れの太陽がみるみる沈んでいく。
空と海の間にぽっかりと浮かぶ、オレンジ色に光る太陽。
沈む太陽とは反対に、ゆっくりと上昇していく観覧車。
どんなに美しい宝石も、この大自然の美しさには適わない。

観覧車というものは不思議な乗り物だ。
ついさっきまで、俗世間で地べたを這いずり回っていても
観覧車に乗って、ゆっくりと上昇していくうちに
同じ場所にいるのに
全く異なった見方で、今さっきまでいた場所を、世界を見る事が出来る。
ついさっきまで・・・世界がこんなに広いなんて・・・考えもしなかった。

「・・・なんつーか・・・。人間って小さいよな。海はこんなに広いし、夕焼けはこんなに綺麗だ。
でも俺達はこんな小さな箱の中からその自然を垣間見ているだけ。」
「でも人間だって自然の一部だよ?僕等はこんなに美しい世界の中で生きているんだ。」
「そうだけど・・・。」
寿也は、緑色に輝く綺麗な瞳を海に向けながら続けた。
「僕は君と・・・この世界で、同じ時間を共にできる、共に生きられる。
何億もの人がいて、何千年もの歴史があるのに僕と君は今、この瞬間を共にできる。
この夕日を、共に見ることが出来て・・感動を共有できる。
これって奇跡だと思わない?」

寿也は綺麗な笑顔で俺を見つめていた。
寿也って・・・時々・・・本当にいい顔をするんだ。
顔の造りとかじゃなくて・・・その表情、その瞳が・・・・とても・・・・・。

オレンジ色に染まる空。
オレンジ色に染まる観覧車。
何もかもが夕日に染まり、俺と寿也も幻想的な風景の一部に同化する。

気付けば、どちらからともなく唇を重ねていた。
これもきっと、自然の一部・・・・なんだよな、寿也。
触れ合いたい、という感情も
もっとお前のそばにいたいという感情も・・・きっと自然の一部。

俺は寿也に肩を抱かれたまま、その胸に寄りかかり
この美しい風景を共に眺めた。

胸に込み上げる、大自然が与えてくれた不思議な感動。

「俺・・・今日、ここに来てよかった。」
「また来よう?今度は二人で。」
「・・・・ああ、そうだな・・・・。」


今、俺達の乗った観覧車はちょうど頂上あたり。
約100mの高さからの絶景を
寿也のぬくもりを、寿也の鼓動を感じながら眺めた。

そして今度はゆっくりと下がっていく。
ゆっくりと地上へと。

夢の時間が終わりに近づいていく事を、高度が下がるのと共に感じながら
世界の美しさと共に寿也のぬくもりを、この安らぎを・・・俺は心に刻み付けた。





時間は容赦なく過ぎていく。
もう暫く寿也とこうして夕日を見ていたかったのだが。

降り場はもう、すぐそこ。
夢の時間はここまでだ。



感動が抜けきらないまま、名残惜しげに観覧車を降りると
そんな余韻など、一瞬で吹き飛ばしてくれる奴等が待っていた。


「随分お楽しみだったな〜?じゃ、茂野は俺等とアレ行くか!」
「はい?」
皆に引っ張られて今度は絶叫マシンのオンパレード。

一方寿也には、さっき三宅や児玉を振ったはずの女の子達が。
「ね!今度は私達とあっち、行きましょ!!」
「あ、あの・・・!!」
困惑の寿也。


俺が散々悲鳴を上げて、涙ながらにゲロ吐きそうになっていた頃
寿也は女の子達に根掘り葉掘り、色々聞かれて答えに窮していた。
「え・・僕は別に・・・そんな・・・いえ、幼馴染で・・・え?違いますよ、僕はそんな・・・!」





ようやく彼等の魔の手を逃れる事が出来た頃には、もう空は暗くなっていた。

「茂野〜〜!?どこ行った〜〜??」
「佐藤〜〜!!」


「ケッ・・!誰がてめーらの元になんか戻るかよ!!」
俺達を探す彼等のすぐ傍の木陰に身を隠して。
「吾郎くん大丈夫?真っ青だよ?」
「・・・・ちくしょー・・・・誰だよ、あんな乗り物、開発したヤツ・・・・死ぬかと思った・・・・。」
「大胆不敵、豪胆、無敵の吾郎くんにも弱点はあったんだね。」
ニッコリ笑う寿也に。
「まさかお前・・・俺をイジメめるのに、この手を使うんじゃ・・・・。」
「まさか。僕がそんな事するわけないだろ?」
「・・・どうだかなー。お前、俺のこと、イジメるの、趣味だし。」
俺がやつれた顔でニカッ・・と、かろうじて笑いながら言ってやると
「ひどいな〜。わざわざそんな事しなくても、君を鳴かせる方法なんて山のようにあるんだから。そんな手のかかる事、しないよ。」
もう一度、寿也はニッコリと笑った。

・・・そっちかよ!!
知ってたけど・・・寿也がこういう奴だって!でも!!
ああ、なんで俺はこんなヤツなんか・・・・
と、頭を抱えそうになった、ちょうど、その時。

ヒュ〜〜〜・・・ドド〜〜〜〜ン!!


「花火だ!」

夏の間だけのイベント、花火が上がる時間になっていたのだ。
遊園地じゅうの人が、一斉に空を見上げた。

夜空を彩る夏の華。
次々上がる、大輪の華に歓声が上がる。


俺と寿也も同様に空を見上げた。
同じものを見て、同じように感じる事が出来る、幸せ、その奇跡・・・か・・・・。


「あ〜〜〜〜!!お前等、こんな所に!!」

二人で花火を見上げて幸せに浸っていたら、発見されてしまった。
あっという間に夢島の仲間たちに取り囲まれて、そしてやいのやいのと言われながらも
次々打ち上げられる花火に歓声を上げて。


「うわ〜〜〜!!」
「でっけ〜〜〜!!」


寿也と同じ時を生きられるのも奇跡。

寿也と出会えて・・・互いに同じ気持ちを抱けるのも奇跡。

そして、この愛すべき馬鹿な仲間達と同じ時を過ごして
共に汗を流し、共に笑い合えるのも・・・きっと奇跡。
















end

この話で
「また来よう?今度は二人で。」
「・・・・ああ、そうだな・・・・。」
と言わせてしまったので、その「また」をクリスマスにして書いてみるのも良いかも知れません。
・・・・と思っているうちに手が動き出して書いてしまった。
続きの話「未来への願い」も読んでくださると嬉しいですv。

さて。
少し前、遊園地へ行きました。そして観覧車に乗りました。
それで頭に浮かんだのは
皆で遊園地へ来ている。
なかなか二人きりになれないけど、一瞬の隙を突いて手に手を取って逃避行。
そして観覧車へ・・という場面でした。
「皆」。これが一番難しい。
吾郎と寿也の共通の仲間、と言ったら海堂くらいしかありません。
しかし。眉村や薬師寺が遊園地へ行くだろうか??
で、夢島になりました。
タイミングは夢島卒業直後が一番自由な時期ですし。
三宅等は遠方の実家に帰省中だと思われ、いくら「遊園地へ行こう!」と言っても集まるのは難しいと思いますが
その辺はご容赦願えると助かります。

「同じ時を生きられる。」
そう思える人に巡り会えるって凄い事ですよね・・。

それでは長々、失礼致しました。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2010.5.26)


 
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