ぐあっ・・ぐあっ・・!!
(ねえ、ふぁきあ。なんで金冠学園辞めちゃったの?)
「なんでって・・元々みゅうとを守る為に俺も入ったようなものだからな。
それに・・・俺は小説家になろうと思う。だからあそこにいてもしょうがない。」
(じゃ、じゃあ!!バレエやめちゃうの?あんなの上手なのに?)
「・・・踊る事は嫌いじゃないが・・・しかし道を決めた以上、本気でとりかかりたい。」
あひるは見るからに残念そうだ。
(あんなに上手なのに・・・。みゅうとが正統派王子様ならふぁきあは・・・
ふぁきあの踊りはすごく情熱的で・・・本当に怖いくらいに。
いつか演劇部のゲストで踊った剣の舞はすごかったよ?
あの迫力はふぁきあならでは・・・・みゅうとには、あの迫力は出せない!!絶対!!)
「・・・・・・。」
ふぁきあの脳裏に思い出したくない記憶が蘇る。
ふぁきあは出来損ないの騎士。
王子を守りきれず、その身を裂かれる運命にあった。
が。
剣を手にしていなくても戦える。
剣をペンに変えて・・・ふぁきあは戦った。
守るべきみゅうとはいなくなったが
あひるは以前と変わらず傍にいる。

演劇部のゲストで踊ったあの時は騎士としての葛藤に苦しんでいた。
思い出したくはないが・・・しかし忘れ去りたくない記憶。
みゅうととるうは、今もお話の世界で幸せに暮らしているだろう。
お話の中の住人は、思い出してくれる者がなければ消えてしまう。
・・・・少なくともふぁきあはそう信じていた。

(あたしはへたっぴいだったけど、ふぁきあはすごく上手なんだから勿体無いよ!
ね、ね!初めてふぁきあとパ・ド・ドゥ踊った時の事、覚えてる?)
「ああ。『眠れる森の美女』だったな。」
(ふぁきあのリードがすごく上手くて・・・あたしもお姫様になれたみたいで・・・夢みたいで・・すごく嬉しくてワクワクしたんだよ?
あの後、ふぁきあがわざと!あたしを落としたりしなければね!!)
あひるはぷんぷんと怒っている。
それを見て、ふぁきあは思わず吹き出した。
そうだった。
あの頃は・・・コイツがとにかく目障りで。

(そして湖の底で最後に踊った・・・ロメオとジュリエット。)

「・・・・・・。」








ごめんね、ごめんね・・・
ごめんね、るうちゃん・・・ごめんね、みゅうと・・・・。
あたしが消えれば、心の欠片は・・・返る・・・・。
あたしが消えれば・・・・・・。


  あの湖は絶望の湖。
  絶望の底で・・あたしは自分が消えれば
  消えてしまえば、皆が幸せになれると思った。
  自分の事しか考えてない、あたしさえ消えてしまえば。



ペンダントが外れないの。
あたしのせいで・・・
あたしが、物語が終わらなければいいって思ってるから・・・。
あたしがプリンセス・チュチュでいたいから。


お前だけじゃない。
俺も・・いや、みんな物語を終わらせたくないって思ってるんだ。
みゅうと以外、みんな。
俺もまだ、みゅうとの物語を書けないでいる。

自分だけを責めるな。
みんな怖いんだ。本当の自分に戻ってしまうのが。
物語の中で役割を与えられる事に慣れてしまっているんだ。

本当のお前は鳥のアヒルだ。
本当の俺は・・本当の俺は・・・結局ガキの頃から守られてばかり。
誰も守れない。
でも、それが本当の俺の姿だとしても俺は物語を終わらせたい。
与えられた役割じゃなくて、俺は俺の気持ちでみゅうとやお前を守りたい。
例え、力を使い尽くしても。

  与えられた役割じゃなく、自分の気持ちで・・・意思で・・・・。

その時、あたしはただの鳥に戻るんだね。
もう、みんなとバレエの勉強をする事もなく・・・・。

いいじゃないか。それが本当のお前なんだ。
その時が来ても、俺がずっと傍にいてやるさ。

ふぁきあ・・・・・。


不思議・・・・。
さっきまであたしなんか消えちゃってもいいって思ってたのに
なんでかな・・・ふぁきあは弱いあたしを強くしてくれる。
いつも・・・・・。


俺達は本当の俺達に戻ろう。

うん。

みゅうとの為だけじゃなく、自分達の為にも
この物語を終わらせよう。

うん。




そして外れたあひるのペンダント。












あひるはアヒルに戻る。
元の姿に。
そう、決意させてくれた最後のパ・ド・ドゥ。

ふぁきあ・・・・。

ふぁきあがいると・・・ふぁきあとこうして踊っていると・・・
あたたかな幸せな気持ちになれる。
強いあたしになれる。

あたしはあひる。鳥のアヒル。
全てを受け入れよう。
それで本当の姿に戻っても・・・・。
あたしは生きていける。

流れる涙、溢れる希望。
生まれて初めて、心からの感情が溢れ出るように踊った。











ふぁきあは思う。

そういえば。
心から・・・本当に心からのパ・ド・ドゥはあれが最初で最後だ。
今まで何度もパ・ド・ドゥを踊ってきたが。

踊りに感情を込める。
それは常に猫先生に言われてきた事だったが。

俺はいつも一人だった。
一人で戦ってきた。
みゅうとを守る、その為に。
そういう意味ではるうも同じだったのだろう。
しかしるうと俺は相容れぬ存在だった。
その強い想いで踊り続け、気付けばみゅうとと俺が一二を争う実力となっていて・・・・
るうは間違いなく金冠学園のプリマドンナ。



全てが終わった、あの時。
ドロッセルマイヤーの好む、悲劇を生み出すカラクリを止めて。
続きは俺が、俺自身が書いていく、そう決意した。


そして、全てが終わって
みゅうとはるうを選んだ。
るうと幸せに暮らしたいと。
全ての者の幸せの為に戦う王子のはずなのに
るうを一番に愛したいと思ってしまうと・・・。

それでいいんだよ・・・・、と心から言えた。
そしてみゅとは俺から巣立っていった。
俺もあひるも、みゅうととるうの幸せを心から祝福できた。

幸せに。
さよなら。さよなら・・・元気で・・・・・。



ドロッセルマイヤーの呪縛から解き放たれた世界。
続きは俺が、皆が・・・それぞれが自分の力で書いて、生きていく。










───バレエやめちゃうの?あんな上手なのに!

俺にはもう・・・美しいだけの姫を相手にパ・ド・ドゥなど踊れない。
あの湖の底であひると踊った最後のパ・ド・ドゥ。
あれ以上に心を込めて踊る事は出来ない。
俺の相手はあひるしかいない。
・・・・それでいいんだ。
そう、思う。

踊る事は好きだ。
好きでなければあんなに上達などしなかっただろう。
しかし本当にやりたい事は別にある。

(なんか・・・へたっぴいだったあたしから見たら、すっごい嫌味なんですけど!)
「・・・・。お前はお前なりに褒められただろう?」
(いつ?)
あひるは、ただでさえ大きな瞳を思い切りキラキラに見開いて迫った。
「エレキ座に見学に行った・・お前とパ・ド・ドゥを踊った時だ。」
(あたしらしさに溢れてるって・・あれ?あれ、褒められたって言うのかな〜。)
ふぁきあはフフ・・と楽しそうに笑った。
「でも、アヒルのお前が最後に踊った、あれは・・・間違いなく見事だったぞ?
お前の踊りが皆を救ったんだ。」
(・・・ずっと聞こえてたよ、ふぁきあの声。だからあたしは頑張れた。
あたしだけじゃ何も出来なかった、きっと。ふぁきあがいたから・・・・。)
「・・・不気味なんだよ。変な事言うな。」
あはは・・・・とあひるは笑った。
(みゅうともふぁきあもるうちゃんもいなくなっちゃったら、金冠学園のバレエ科も寂しくなっちゃってるだろうね。)
「すぐに次なる者が現れるさ。皆、練習熱心だからな。」
(・・・・。そうだね。)
そしてあひるは遠い空を見上げた。
空は抜けるような青空。
あひるが人間の女の子だった頃は見たことのなかった青空。
ドロッセルマイヤーの力によって閉じられた世界では、いつもどんよりと雲が立ち込めていた。
(ぴけとりりえ・・・・元気かな〜・・・・・・。)



「さて、今日はここまでだ。帰るぞ。」
「ぐあっ・・・!!」
あひるはドタバタと湖から上がり、体を盛大に震わせて水を払った。
そしてふぁきあの脇にぴょこぴょこと寄っていこうとするのだが、急ぎすぎたあまりにドテ・・っと転んでしまって。
「・・・・。そんなに急がなくてもいい。」
ふぁきあは苦笑を浮かべながらあひるを優しく抱き上げ、そのまま家路についた。

あひるとふぁきあの毎日は大体こんな感じだった。

湖に出かけていって、釣り糸を垂れながらふぁきあは物語を書く。
あひるは湖で遊び、日が暮れる頃、二人・・いや、一人と一匹は帰っていく。
たまにふぁきあは街へ買出しに行き、そんな時はあひるは家でお留守番。
また、出版社の人が来る事もあった。
そんな日は湖に行ける時間は短くなってしまうのだが
あひるはふぁきあの物語がどんどん本になっていくのが嬉しかった。



そうこうしているうちに年月は流れていった。
ふぁきあは押しも押されもせぬ、ベストセラー作家になっていた。

ふぁきあも歳をとった
30代といえば男盛り、仕事盛り。
しかし独り身を通してきた。

今までもカロンや、出版関係者等が縁談を持ってきたりもしたのだが
ふぁきあはその全てを断り続けた。
「結婚には興味ありません。」と、そっけなく言い続けた。
猫先生が聞いたら絶叫しそうなセリフを言い続けて来たのだ。
そのうちふぁきあは女嫌いだと噂されるようになって・・・
そしていつしかもう、誰もそんな話を持ってこなくなった。



「行くぞ、あひる。」
そして今日もふぁきあはあひると湖に出かけて行った。
「ぐあ・・・っ!」

あひるも・・・・歳をとっていた。



十数年。
こんな毎日を続けてきた。
ほぼ毎日、同じ事の繰り返し。

でもあひるもふぁきあも幸せだった。
ふぁきあは遠い昔、共に『ロメオとジュリエット』を踊った時に言った言葉を守り続けてくれた。

共に歳をとった。
そろそろだ、とあひるは自分でも分かっていた。







ありがとう・・・ふぁきあ・・・・・。

あたしは幸せだった。
本当に幸せだったよ?

ふぁきあに会えて・・・・。
短い間だったけど人間の女の子にもなれた。
みゅうととるうちゃんの為に力になれて
何よりも・・・ふぁきあと一緒に生きる事ができて。

ありがとう・・・ふぁきあ・・・・・・。

ありがとう・・・・さよなら・・・・・・・・。

もっとふぁきあと一緒にいたかったけど
人間とアヒルは寿命が違うから・・・・・。

また生まれる事ができるなら・・・ふぁきあと同じ種類の生き物がいいな。
人間がいいなんて贅沢は言わないから。

ちゃんと結ばれる・・・生き物で生まれてきたい・・・・。
そしてもう一度出会って・・・一緒に生きたい。

ふぁきあ・・・・ありがとう・・・・・ありがとう・・・・・・・。





パシャ・・・。

水音が不気味に響いた。
あひるが遊んでいる・・・水音・・・・。

いや・・・違う。
嫌な予感がした。

「あひる?」

ふぁきあはペンを止めた。
湖を見ると、そこにはお腹を見せて浮かんでいるあひるの姿。

「あひる!!」

ふぁきあは湖に飛び込んだ。
そしてあひるを抱き上げる。

「ぐ・・・・あ・・・・。」
(ふぁき・・・あ・・・・・・・。)

「どうした、あひる!あひる!!しっかりしろ!!」


ごめん、ふぁきあ・・・・。
貴方をおいて逝くことになっちゃって・・・ほんとうにごめんなさい。
あたしは幸せだった。
ふぁきあのお陰だよ?
どうか・・・あたしがいなくなっても・・・どうか幸せに・・・・・・。

ふぁきあ・・・あたしの・・・ふぁきあ・・・・あい、して・・る・・・・・・。
あなたに会えて・・・・よかっ・・・・・・・・。



「こら、あひる!!お前、ドジだからアヒルのくせに溺れたんだろ?目を開けろ!」

動かない。

「あひ・・・る。」
優しく包み込むように、いつものように体に触れてみる。

しない。
心臓の音。

まだ温かい、のに・・・・。


「あひる・・・嘘だ・・・目を開けてくれ!あひる!!」

動かないあひる。

「あひる・・・何をして・・・目を・・・・開けてくれ!!
俺の・・・あひる・・・・死ぬな・・・・死ぬな・・・・!!」

ぐあ・・・っ!!
という鳴き声が今にも聞こえてきそうなのに、動かない、微動だにしない。

「・・・あひる・・・愛しているんだ。もう、ずっと前から・・・・お前だけを愛して・・・あひる!!」

虚しい・・・あひるの姿。



「あひる・・・・愛してる・・・・逝くな・・・・逝かないでくれ・・・・あひる!!」


ふぁきあの哀しい絶叫が湖に森に響き渡った。


その瞬間、世界が、時が静止した。














あひるちゃ〜ん!


その声は・・そう、ずっと昔、聞き覚えがある。
そしてこのオルゴールの音・・・エデルさん?
まさか・・・・。

「エデルさん!!」
「お久しぶりね、あひる。」
「エデルさん!エデルさん!!会いたかった・・・・!!」
あひるはエデルに飛びつき抱きついた。
抱きついたあひるの姿は・・・遠い昔、一時期だけとった仮の姿、人間の女の子の
あの、あひるの姿だった。
エデルも幸せそう微笑を浮かべ、あひるの頭を撫でる。
「私も。でもあんまり喜んでいる場合じゃなさそうね。」

「あひるちゃ〜ん、久しぶりだね。」
「ドロッセルマイヤーさん・・・!」

そこは以前も来た事がある。
時計の歯車がたくさん噛みあっている不思議な空間。
大きなテーブルに白いテーブルクロス。
お茶の用意が整っていた。

「私はずーっと見てきたよ。何しろ私の為に働いてくれた大事な大事なあひるちゃんだからね。」
「むむ・・・!まさか、また何か企んでるんじゃないでしょうね!?」
「滅相もない。私は感動してるんだよ?
あのあひると、落ちこぼれの騎士ふぁきあが最後まで愛を貫くとは。」

そう、だ。
あたしはたった今、ふぁきあとお別れを・・・・。

「ところであひるちゃん、魔法が解けるのはどんな時か知ってるかい?」
「魔法?」
「そう。魔法が解けて・・または新たな魔法が働いて主人公が幸せになれる時。
世界には色んな御伽噺があるよね。それに、あひるちゃん自身が見てきた物語もある。」
「・・・・・。」
「るうはあの時なんて言った?」
「あの時?」
「そう・・・。王子は大烏に心臓を食べられようとしていた、あの時だ。」


  王子の心臓を食べないで!かわりに私の心臓を食べて!
  愛してるのよ、ずっと!!子供の頃から・・・ずっと好きなの!!


忘れた事なんてない。
王子とるうちゃんの愛の物語。

あの時るうちゃんは・・・・。

「そうだ。愛を誓う事だね。」
「・・・・・・。」
「実はね、私を感動させてくれたお礼に私はある魔法をかけたんだ。」
「どんな・・・・。」
「ハッピーエンドは私の好む所じゃないけどね、でもあひるちゃんと私の血を引くあの青年の姿は私を感動させてくれた。
久しぶりだよ。こんなに感動したのは。」
「あの・・・・。」
「でもね。悲劇が大好きな私は思ったんだよ。もしかしたら大きなお世話かもしれないって。
哀しみに浸っていたかったのに邪魔なんてされたくないんじゃないかって。」
「そんな・・・・・。」
「あひるちゃんさえ良かったら、もうこの魔法は動き出す。今は時間を止めてるからね。
でも再び時間が動き出したらすぐに発動する。どうする?」
「ドロッセルマイヤーさん!!」
「なんだい?」
「・・・魔法を発動してください。」
「いいのかい?もしかしたら罠かもしれないよ?私が以前、どんな大きな罠を仕掛けたか・・覚えてるよね?」
「覚えています。忘れた事なんてありません。でも・・・!!」
あひるの強い瞳。
「わかった。じゃ、時間を動かすよ。元気でね〜。あひるちゃ〜ん。」

そう言いながら、ドロッセルマイヤーの姿が段々遠のいていき、そして消えた。
お茶のセットもテーブルも消えて
歯車がギシッ・・・と音を立てて動き始める。

その時、あひるの手をエデルが引いた。
「行きましょ、あひる。」
「エデルさん・・。」
「こっちよ。」

暫く行くと、白く光り輝く穴のようなもの。

「あそこから帰るの。さ、早く。」
「エデルさん・・・・。」
「あひる、さようなら。幸せになるのよ。」
「エデルさん・・・いつもいつも・・・ありがとう・・・・。」
「今度会うのは・・・あひるが・・人間のあひるが天寿を全うした時。」
「え・・・・?」
「さ、早く。時の波に乗り遅れてしまうわ。」
「あ、はい!」




あひるちゃ〜ん。幸せになるんだよ〜。

ドロッセルマイヤーの、らしくない言葉が遠くから聞こえた。


以前も通った事のある時の輪を通り抜けながら、あひるは思った。

ドロッセルマイヤーさん。
あなたは確かにとんでもない罠を仕掛けたけれど
人間の女の子だった間、プリンセス・チュチュだった間
あたしはすごく幸せだったんだよ?
ドロッセルマイヤーさんのお陰だよ・・・・。

ありがとう、ドロッセルマイヤーさん・・・ありがとう・・・・・・。








時が再び動き出す。


ふぁきあの絶叫。
そして。


小さなあひるの姿が光り輝いている。
あまりに眩しい光が辺りを照らすほど。
ちいさかった光の球はぐんぐん大きくなっていき、人の形を取りはじめ・・・・
大きくなるにつれて、その重量も増していく。
しかしふぁきあは放さなかった。
落さないようにしっかりと抱いたまま、その変化を蝶の変態を見るように・・・。
光が消えた時には・・・そこには遠い昔見たままの、いや、若干老けたあひるの姿。
あまりの事に言葉も出ない。
それはとうに諦めていた事。
「本当の自分」に戻るのだと決意したあの時に、人間のあひるとはこれでお別れなのだと・・
でもそれを受け入れなければ何も前に進まないと・・・受け入れた事実。
なのに・・・・。

「ふぁきあ・・・。」
腕の中のあひるが懐かしい声でふぁきあの名を呼んだ。
「あひる・・・本当にあひるなのか・・・・?」
「うん・・・。」
「何が・・一体どうなって・・・。」
今までだって散々、虚しい願いを持ち続けて来た。
しかし叶わなかった。
これでいいのだと・・・これが俺達の本来の姿なのだから。
しかしどうしても、思わずにはいられなかった。
あひるが人間に戻ってくれたら・・・・と。
「ドロッセルマイヤーさんがね。」
「ドロッセルマイヤーだと?」
ふぁきあの表情が一変する。
「ドロッセルマイヤーさんが魔法をかけてくれたの。私をもう一度人間にする魔法。私は死ぬまで人間だよ。」
あひるはニッコリと笑った。
「しかし!奴の言う事など・・・・!」
「多分、大丈夫だと思う。私達の姿に感動したって言ってた。だからお礼に魔法を・・・。
今回は信じられると思う。何故だかわからないけど・・・そう思う。
それにエデルさんも・・・。」
「エデル?」
「うん。会えて嬉しかった・・・。エデルさんがね、今度は私が人間としての天寿を全うしたら会いましょうって・・・・。」
「・・・・・。」
ふぁきあは未だ、納得がいかない顔をしていた。
昔、ドロッセルマイヤーには散々振り回されたのだから当然と言えば当然。
「もしもドロッセルマイヤーさんが悪巧みしてたとしても、いいの。
あたし・・また人間になれた。本当ならあたしは今、死んでたんだよ?
でも人間になれた。いつまで人間でいられるか分からないけど・・・もしも明日死ぬとしても・・・あたしは幸せ・・・・・。」
あひるは潤んだ瞳でふぁきあを見上げた。
「あひる・・・・。」
「ふぁきあ・・・好き・・・あたしはふぁきあを愛してる・・・死ぬ間際・・・そう思った。
今度生まれるなら、ふぁきあと同じ種類の生き物で生まれてきたいって・・・
ちゃんと結ばれる生き物で・・・今度こそ一緒に・・・って・・・・・。」
涙がポロポロと零れ落ちる。
「あひる・・・それは俺も同じだ。」
「ふぁき・・・。」
唇付けを交わしていた。
それはあひるにとってもふぁきあにとっても初めての唇付けだった。
ふぁきあは30数年、あひるは20年程も生きてきて、人生初の・・・・。
初めてのキスは涙の味がした。でも幸せの味。

これからはずっと一緒に・・・そう、夫婦として・・・
白髪になるまで・・・お爺ちゃんお婆ちゃんになるまで、ずっと一緒に・・・・。



「帰ろうか。」
そう、ふぁきあが言った時、初めて気付いた。
あひるは裸だったのだ。
今の今までその手で抱きしめていたのに、ふぁきあは慌てて手を放す。
「な、何か着るものはないのかっ!!」
それはまるで遠い昔の光景のよう。
あひるは苦笑いしながら
「あるわけないよ。だってあたし、いつも裸だったんだよ?アヒルだし。」
「そ、それもそうだな・・。」
ふぁきあは慌てて上のシャツを脱いで、真っ赤な顔を頑なに背けてシャツを押し付けた。
そんな様子も昔を思い出させて、あひるは嬉しかった。
ふぁきあのシャツだけを着た姿に下半身は生足。
そんな姿を他人に見られたら何事かと思われそうだったが
湖からふぁきあの家まではすぐだったしその間も森なので、その心配はなかった。




「明日は買い物だな。」
なんとか家までたどり着き、ふぁきあのズボンを折り曲げて穿くあひる。
「うん。」
「買うものが山のようにあるな。」
「うん。」
そうだ、服も食器も食卓の椅子もベッドも。
買うものは山のようにある。
暫くは忙しくなる。
でも・・・何よりも・・・・幸せだった。

「それにしても・・・お前、老けたな。」
「そりゃ・・・・あたし、老衰で死ぬ所だったんだし。」
「でもそれを思えば・・・ドロッセルマイヤーはお前を、わざわざ俺と同じような歳にしてくれたのか。」
「そうだね。老衰で死ぬ頃って言ったら・・・もうしわくちゃのおばあちゃんだし。ドロッセルマイヤーさんに感謝しなくちゃね!」
「感謝・・・・か。」

手放しで喜んで良いものか、ふぁきあはまだ納得がいかない様子だ。

「それに!ふぁきあだって老けたよ?」
「・・・俺を幾つだと思ってるんだ。あの頃と同じわけがない。」
「でも嬉しい・・・。これからは一緒に歳を重ねていけるんだね。
一緒に皺が増えていくんだね・・・素敵・・・・・。」

しかし・・・騙されたなら騙されたで、それも悪くない、と思い始めているふぁきあがいた。
あひるも言ったように、本当ならばついさっき、あひるとは永遠の別れを迎えていたのだ。
なのに・・・・。

若干老けたあひるが幸せそうに笑う。
幸せが・・・満ち潮のようにふぁきあの胸に広がっていく。

騙されてみようか、あのドロッセルマイヤーに・・・・。

「ね、ふぁきあ。」
考え事をしていたらあひるが言った。
「お願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
「踊ろう?パ・ド・ドゥ!『ロメオとジュリエット』!!」
「・・・・。」
「踊りたい。ずっとふぁきあと踊りたかった。ね?お願い!!」
「・・・・え・・・。」
躊躇するふぁきあにあひるは。
「あ!ふぁきあ、もしかしてもう体が動かないとか!!まさかお腹に脂肪がでっぷり溜まってるとかーっ!!」
「溜まってない!!失礼な。よし、踊るぞ。」
ふぁきあはブツブツ文句を言いながらレコードを蓄音機にセットした。
そしてあひるにスッ・・・と手を伸ばす。
その姿、立ち居振る舞いは昔のふぁきあを思い出させた。
長い間踊っていなかった筈なのに、今さっきまであひるにブツブツ言っていたのに
一瞬でふぁきあはバレエダンサーの立ち姿になる。
あひるも昔を思い出して手を伸ばした。


曲が流れ出す。
これは思い出の『ロメオとジュリエットの別れ』だ。
あの日、湖の底で踊った・・・・。

ふぁきあの踊りは長いブランクを全く感じさせなかった。
それくらい優雅で洗練された踊りだった。
オペラ座の一流ダンサーに全く引けを取らない、その華麗さ。

一方あひるは・・・お世辞にも上手いとは言えなかった。
でもそんな事はどうでも良かった。
あひるもふぁきあも、その踊りには喜びの感情に溢れていた。
愛の感情に溢れていた。

『ロメオとジュリエットの別れ』
その曲名とは真逆の二人。
ふぁきあとあひるの「再会」。

これはそんなに楽しい踊りではない。
笑顔で踊っていい踊りではない。
しかし、そんな事、知ったことではない。

万感の思いの丈を、この美しくも哀しげなこの音楽と共に
これからも共に。
これからは共に皺が増えていく。
共に白髪になるまで、そして天寿を全うするまで・・・・貴方と共に・・・・・・。


ふぁきあとあひるはいつまでも踊り続けた。
嬉しくて幸せで・・・じっとしてなどいられなくて。

二人きりのふぁきあの家。
コールドもオーケストラも観客もいない。
あるのは古びた蓄音機とレコード。

こんな森の片隅で、何の設備も無いのに
至上のパ・ド・ドゥが繰り広げられる。
身も心も愛も喜びも魂の叫びも・・・
全てが隠し切れないように、にじみ出ていて表れていて。






『ロメオとジュリエット』を一通り踊ってしまうと。

「ね、ね、今度は『眠れる森の美女』!!ふぁきあがあたしをわざと!!落としたあの曲!!」
「・・・お前、案外根に持つタイプだな・・・・。
・・・それより・・・お前、疲れないのか?たった今、お前は老衰で死ぬ所だったんだぞ?
しかも人間になってすぐだというのに、『ロメオとジュリエット』の主だったパ・ド・ドゥを全て踊りきって、更に『眠れる森の美女』って・・・。」
「大丈夫。全然疲れてない。あたし、踊りたいの。ずっとずっと踊りたかった。
へたっぴいだけど、あたしはやっぱりバレエが大好き!
あ、でも・・・ふぁきあの方がお疲れ??やっぱり体力が落ちた??
必死に隠して踊ってみたけど、やっぱりそのお腹には贅肉がタプンタプン言って限界なんじゃ!!
でもって明日は筋肉痛で寝たきり・・・・!!」
あひるが思い切りふぁきあのお腹を指差して叫んだ。
「馬鹿!!そんな体なら一曲だって踊れるか!!・・・ったく・・・・。
お前こそ、ぶっ倒れたって知らないからな!?」

ふぁきあは再び蓄音機にレコードをセットする。
『眠れる森の美女』

「今度は落さないでよ?」
「・・・・そんなに言われると、落したくなるな、あの頃を思い出して。」
ふぁきあがニヤリと笑った。
「やっぱりふぁきあは意地悪だ!!」
「・・・。落したりするものか。お前の事は・・・俺が一生支えてやるって・・・あの時言っただろ。」

あの時とは・・・。
あの湖の底。


  俺は俺の気持ちでみゅうとやお前を守りたい。
  その時が来ても、俺がずっと傍にいてやるさ。



「うん・・・。そうだね・・・・。あたしも一生ふぁきあを支えたい・・・・。」

ふぁきあはとても優しい・・・愛おしむような笑顔でそれに答えた。

が。

「お前がヘタに何かすると、逆に仕事が増えそうな気がするな。」
「・・・・・!!酷い!!ふぁきあは昔からちっとも変わらず意地悪だ!!」
そして、その大昔のように思い切り「あっかんベー」をするあひる。

しかし曲が流れ出すと二人の表情は一変した。

ああ、これはまさにあのエレキ座で踊ったあの部分。

あの時、あたしは本当のプリ・マドンナになれたような気がして・・・ワクワクした。
そして次の瞬間。

ふぁきあはあの時とは違ってしっかりとあひるの細い腰を支えてくれた。

「ふぁきあ・・・・・・。」

あひるを見上げるふぁきあのあの穏やかな顔。



幸せすぎて怖い。
夢が覚めそうで怖い。

でもこれはきっと夢なんかじゃない。

これからは、二人で。
本当に・・・・二人で・・・・・・。





















一方、こちらは時間のない不思議な世界、ドロッセルマイヤーはお茶の時間。


「全く私としたことが、とんだおせっかいをしちゃったねー。
あの出来損ないの騎士と、鳥のあひるの踊りにこんなに心を打たれるとは。
ハッピーエンドもたまには悪くないかもね。」

「ふぁきあとあひる、ラブラブずらー!!」

「でもこの先は見てても幸せすぎて退屈しそうだから。
新しい物語でも作ることにしようかねー。
やっぱり悲劇?たまには喜劇?どうしようかねー。さ、お前もおいで。」

ドロッセルマイヤーはウズラに声をかけると、歯車だらけの不思議な空間へ消えていった。





ドロッセルマイヤーが覗いていた窓からは
ふぁきあとあひるの喜びに満ちたパ・ド・ドゥが、いつまでもいつまでも流れていた。


二人の上に、永久(とわ)の愛と祝福があらんことを──────────。
















end


「プリンセス・チュチュ」というアニメをご存知でしょうか。
これは名作です。素晴らしいです。
DVDは全部そろえて何度も見ていますが
私は何度、これを見て泣いた事か!!(アホですいません・・)
この話、ラストはハッピーエンドと言えばそうなのですが
とても哀しい切ない形で終わりを迎えます。
なのでこの駄文は、私の願望の自己満足です。
やっぱりあひるとふぁきあには、人間となって結ばれて欲しい・・・・。
あのままでは哀しすぎる・・・・。
そんな訳で、かなり都合の良い話ですが・・しかも他ジャンル。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!
(2010.1.20)

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