「こんにちは、吾郎くん。」
突然の声に驚いた。
あの一件から、いつも寿也や海堂の事ばかり考えていたから
妄想が実体化したのかと思った。
だが目の前にいるのは紛れもなく実物の寿也。
「こんな所で何してるの?」
雲の切れ間から差し込む日差し。
それが紫陽花の水滴に反射してキラキラと輝いて。
そのせいだろうか、寿也の顔がやけに輝いて見える。
「何って・・見りゃーわかるだろ?雨宿りだよ。
ったく、学校出る時は晴れてたのに急に降ってきやがって・・・。
お前こそ、なんでこんな所にいるんだよ。」
先日の事もあり、俺は喜んだらいいのか怒ったらいいのか分からなかった。
そんな気持ちを隠す為に不機嫌そうに文句を言ってみせる。
「僕はたまたま通りかかっただけさ。
この雨・・・すぐに止むと思うよ。空も明るいし。通り雨だよ。」
寿也が空を見上げた。
「そ、そっか。じゃ、もう暫くここにいるとするか。
じゃーな?寿!今度は試合で会おうぜ?」
先日の一件を考えると皮肉とも取れる別れの言葉を口にすると
予想外の言葉が返って来た。
「僕も・・・一緒にいてもいいかな。」
「は?お前、傘持ってんじゃん。」
「じゃあ相合傘でもする?君の家まで送るよ。」
「そ・・・それだけは絶対ヤダ!」
「じゃ、決まりだね。」
ニッコリと笑い、俺の横に座り込む寿也。
その憎たらしい笑顔。変わってない・・。
そう思うと無条件に緊張してしまう。
何ヶ月ぶりだろう?こんなにも近くに寿也を感じるのは。
全神経が寿也がいる側に集中する。
二人の間にはただ、雨音だけが響いて。
紫陽花が雨粒に打たれ、揺れる。
心臓が高鳴るのを感じつつも寿也の真意が分からない。
ついこの前、俺なんて眼中にないって言ったばかりのくせに、今日は・・・・。
こいつ、一体何考えてんだ?
「お前、何考えてんだよ。俺なんかに興味ないってこの前言ったばかりじゃねーか。」
「・・・・。もしかして吾郎くん、あれで拗ねちゃったの?」
「す、拗ねてなんかねーよ!そんなんじゃなくて・・・。」
「じゃあ、何?」寿也が俺の顔を覗き込む。

───正直、興味ないから全然知らなかったよ。

そっけなく言い放った寿也。
待ってろ、寿!嫌でも俺達を視界に入れさせてやる!
そう思ったのはつい先日の事。
俺は打倒海堂、打倒寿也に燃えていた。
その宿敵が今、昔と変わらない柔らかな表情で俺の顔を覗き込んでいる。
俺は訳がわからなくなった。
頭の中はパンク状態。
俺、馬鹿だから・・・
このあまりにも正反対な出来事をどう捕らえてよいのかわからない。
「な、なんでもねーよ!」俺は逃げるようにプイ・・と横を向いてしまった。
「相変わらずわかりやすいな〜吾郎くんは。」寿也は笑顔を絶やさない。
「僕は僕のやって来た3年間に自信があるだけだよ。
だから僕は・・僕らは誰にも負けない。君にもね。
吾郎くんだってそう思ってるんだろ?」
「・・・・・・。」
そうだ。俺は俺のやって来た3年間に自信がある。
だから海堂にだって負けやしない。
絶対にこの男、佐藤寿也を三振に取ってやる。
「ただ、それだけの事だよ。」
とても簡単な事だとでも言うように寿也がニッコリと笑った。
そうだ。
相手が誰だろうと全力を尽くすのみだ。
寿也が言うように、「ただ、それだけの事」なんだ。

隣の寿也を見ると、あの時のそっけない態度が信じられないような人好きのする笑顔。
それにしてもコイツ・・・いつも、子供の頃から思っていたが・・・・。
「お前・・・本当に変わらないな。
その裏表の違い・・・一体どうやったらそんな二重人格になれるんだ?」
「酷いな〜。君が単純過ぎるだけだよ。
それに僕は、どんな時だって君が一番大切なことに変わりはないんだけどな。」
「な・・・・!!」
あまりにも久し振りに、そして全く覚悟もできていなかったのに
寿也にこんな事を言われ、俺は顔が一気に赤面していくのを感じた。
「本当に・・・・君は単純でわかりやす過ぎて・・・・。好きだ、吾郎くん・・・・。」
「と、寿・・・!」
気づくと寿也の顔が目の前・・・至近距離にあって。
瞳を閉じる暇もなく・・・・。



通り雨。
紫陽花に隠れた一角で雨の音を聞きながら。
そしてこの雨がもう暫く止まずにいてくれる事を願いながら・・・。






end


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2008.6.24)





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