物語の始まりはいつも突然。
何の前触れもなく、それはやってくる。
バスに乗っていた。
確か、何かの買い物の帰り。
そのバスの中に、変な奴がいた。
年は俺より少し上くらいの男だったんだけど
何が変って・・・何もかも全てが変だった。
まず服装。
どう見たって現代のものじゃない。
大昔のヨーロッパみたいな感じ?
真っ黒のマントに、変な・・・そう、シルクハットみたいな帽子。
そのマントの下はどう考えたって、昔の紳士のいでたちだろう。
コスプレ・・・とは思えなかった。
だって、あまりにそいつはその姿こそが自然で、これからイベントへ行きます!って感じは皆無だったから。
そして何よりも奇妙だったのは、バスの乗客の誰もそいつを見ていなかった。
そんな変な恰好してたら、普通、ジロジロ見るなりチラッと盗み見るなり、とにかく「なんだ?」と思うだろう。
なのにバスの中は平穏そのもの。
俺も見ちゃいけない、ジロジロ見ちゃ駄目だ!!と思うんだけど
どうしても目が離せない。
服装はとてつもなく変なんだけど、顔は・・・綺麗なんだ。
横顔なんかはまるで彫像のよう。
浅黒い肌、ワカメみたいな黒髪。
蒼い・・・少し寂しそうな遠くを見つめる瞳。
そしてその変な恰好が、本当に様になっててしっくり来てる。
現代の常識から考えたら確かに変な服装なんだけど、この男が着ると風格まで感じてしまう。
だから・・・・目が逸らせない。
俺があんまりジロジロ見ちゃったからだろう、そいつも俺に気づいた。
まあ、あれだけ見てたら気づくわな。
普通なら俺をチラッと見て無視するか、ガンを飛ばすかなんだろうが、そいつは驚いたことに俺に向かって真っ直ぐ歩いてきた。
バスは空いてたから、座っていた俺の目の前にすぐに到着。
見上げる俺と、見下ろすそいつ。
・・・・・・・・。
どうしよう??
「お前、俺が見えるのか?」
「は?」
「声には出すな。変に思われる。・・・・・・。そうか、見えるんだな。」
そう言ったきり、そいつは俺の目の前に立ちはだかったまま。
どうしたもんかと思ったが、目的地に着いたので、俺はそいつの事は無視してバスを降りた。
するとそいつも降りる。
相変わらず無視して俺は寮の部屋まで戻って来たのだが、そいつはそこまでついて来た。
「あのなー!どーゆーつもりだ?お前をジロジロ見た事は謝る!
が、ここまで嫌がらせをされるほどの事か?つか、そんな恰好してたら誰だって驚くだろーが!!」
「・・・。そうだな。時代はだいぶ変わったようだ。」
話が噛みあっているようで噛みあってない。
なんだか馬鹿馬鹿しくなって、俺はそいつの目の前で俺の部屋のドアをバタン!と閉めてやった。
何がしたかったのか知らないが、これでさすがに諦めるだろう。
と思っていたら。
何故か部屋の中にいる!!
なんでだ!?
「お前、どうやって入ったんだよ!!」
「造作もない事だ。俺には壁など何の意味もなさない。」
「・・・?」
「俺は・・・俗に言う幽霊だ。」
「はい?お前、服装も変だけど、頭・・・大丈夫か?」
「・・・狂ってはいないと思う。」
しれっと言うコイツに思わず呆れる。
「そんなに言うなら、証拠、見せてみろ。」
「いいだろう。」
その男は俺に手を伸ばしてきた。
何をする気だ?とちょっと身構えたんだが、その手が俺の胸のあたりを通り抜けて・・・・背中から手が出ている。
俺自身は痛みどころか何も感じない。
ただ、視覚ではこの男の手が俺の体を串刺しにでもしているようだった。
「う、うわ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
この男が言っていることは真実だ、と分かると
急に寒気がして思い切り飛びのいてしまった。
ガクガクと震えが止まらない。
怖いもの知らずと言われ続けた俺だが、こういったものに関しては、からきし駄目なんだ!!
「そんなに怖がる必要はない。俺は悪霊とかそういった類のものでは無い筈だ。」
「そ、そーゆー問題じゃ・・・・!!」
「とにかく落ち着け。」
幽霊に「落ち着け」、と言われても。
「温かい飲み物でも飲んだらどうだ。俺は作ってやりたくても作ってやれん。
そうだな、ホットショコラが良いだろう。」
「ホットショコラ?なんだ?それは?」
「・・・・。まあ、何でもいい。お前の好きな暖かい飲み物でも作って一息入れろ。話はそれからしてやる。」
してやるって・・・・なんて偉そうな幽霊なんだ!と・・・恐怖と寒気を催しながらもそんな事を思いつつ、そしてコーヒーを淹れた。
不思議と幽霊とやり取りをしているうちに、コーヒーを淹れているうちに、そして熱いコーヒーを飲んでいるうちに次第に落ち着きを取り戻して行けた。
「で、お前、何?この世に未練でもあるのか?」
「未練?」
「だって、未練があって成仏できないと地縛霊とかになって彷徨い続けるって聞いたことがあるし。」
「成仏?なんだ?それは。」
「あ・・・成仏って、仏教か。キリスト教ではなんて言うんだ?」
「よく分からんが・・天国に召されるって事か?」
「そう!それ!!」
「未練・・・それがよく分からない。
俺は百数十年前の戦争で戦死した。それだけは覚えている。
あっという間の出来事で、暫くは自分が死んだなどとは理解できなかった。
お前、戦争の経験は・・・・。」
「ねーよ!」
「そうか・・・。まあ、そうだろうな。その後の大きな戦争も幾つか見てきたが、あれからかなり経つしな。」
「で、自分が死んだ事が理解できなかったから・・・・だから100年も200年も幽霊のまま彷徨ってるのか?」
「最初はそうだと思った。最初は俺と同じように死を受け入れられず、苦しんでいる仲間が大勢いた。」
「・・・つまり、大勢の幽霊さんがいたって事か・・・・・。」
俺はまた思わず身震い。
「しかし、あいつ等も次第に死を受け入れて・・・・そして天に召されていった。」
「・・・・・・。」
「気づけば、俺は一人になっていた。」
この男の無表情。
その無表情がより一層、深い深い悲しみを感じさせた。
「なんで成仏・・・じゃねー、昇天できないか、心当たりはあるのか?」
「・・・・・・。わからない・・・・。」
俺は溜息をつく。
「だよな〜。分かってたらこんなに何年も彷徨ってないか。で、お前、これからどうする気だ?」
「別にどうもしない。今まで通り、彷徨うしかない。・・・・が、できれば一つ頼みたい事がある。」
「なんだ?」
「お前は俺が百数十年彷徨ってきて、初めて俺の事が見えた人間だ。だから・・・・・。」
この男がこの先を言う事を躊躇っていることが簡単に伝わってくる。
そしてこの男が、その先言いたい事も簡単に分かった。
「いいぜ?時々俺ンとこ、来いよ。幽霊の知り合いがいるってのも面白そうだし。
ただ・・・これだけはハッキリさせてくれ。
お前、本当に悪霊とかじゃないだろうな?俺の生気を吸い取ったりは・・・。」
「そんな事をする趣味などないし、しようと思った事もない。
しかし、実際やった事がないだけで、もしかしたら出来るかもしれん。」
「しなくていい!!・・・ったく・・・・。ま、いい。俺を呪い殺したり生気を奪い取ったり俺の体を乗っ取ったりしなければ、俺は全く構わないぜ?」
「お前、ホラー映画の見過ぎじゃないのか?」
「・・・お前の時代には映画なんてなかっただろ?」
「その後、彷徨っている最中に何本も見た。そうだな・・・「風と共に去りぬ」はまさに俺が戦死した戦争を扱った映画だったが・・・お前は見てないだろうな。」
「俺、映画館で最後まで起きていられた経験、ないんだ。
ま、そんな事より。
じゃ、よろしくな?俺は吾郎。茂野吾郎だ。お前、名前は憶えてるのか?」
「キーン。それだけしか覚えていない。それがファーストネームなのかどうかも分からない。」
「キーンか。良い響きの名前だな。じゃ、改めてよろしく、キーン!」
俺は握手をしようとして手を差し出したが、幽霊とは触れ合えない事に気づいて、バツが悪くて思わず笑った。
すると、キーンも小さく笑った。
ずっと無表情だったキーンが、初めてその表情に変化があった。
本当に綺麗な笑顔で・・・俺は思わず目を奪われた。
これが俺とキーンの奇妙な物語の始まりだった。
end
以前日記に書いた、夢でみたキンゴロです。その日記の記事はこちら。
続きやラストが断片的に頭にあって、なんとか書こうと考えていたのですが
なかなか難しく・・・・。
日記に書いたまんまですが、これでも一応区切りがついているので上げることにしました。
書けるかな・・・書きたい気持ちだけはあるんですが!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
(2011/3/9)