抜けるような青い空。
その青に見事に映える、桜、桜、桜・・・・。
この季節は何処も彼処も喜びに溢れている。
だって、ほら・・・こんなにも美しい。
つい、騒ぎたくなってしまう気持ちも理解できる。
桜の下で、出会いがあって、別れがあって・・・。
また、全く新しい生活に気持ちを引き締め、そして希望に胸を躍らせている者も多いだろう。
僕は開幕に控え、桜の下で黙々とバットを振り続けていた。
僕にとってはプロ二年目。
今年で僕の真価が問われる、と言ってもいい。
大事な年だ。
つい、先日までのイベントなど忘れなければ。
気持ちを切り替えて。
開幕は目前。
切り替えるんだ・・・・ギブソンJr.の逆転サヨナラなんか、忘れてしまえ──────!!
思い切りバットを振ると、風を切る音と共に汗が飛び散り、日の光にキラキラと輝いた。
それは自分自身に言い聞かせた言葉であり
遠い空の下で、たった一人で戦う男に向かって言った言葉でもある。
ふう・・・・。
一息ついて、桜の木に背を預け空を見上げると
無数の花びらの向こうに見える青い空が美しく、そして輝く太陽が眩しかった。
こんなに空は青いのに。
こんなに桜は美しいのに。
僕は不安をどうしても拭い去る事が出来ない。
気になって気になって仕方がないんだ。
あの日、エレベーターを降りて部屋に向かう君の背中がやけに小さく見えて。
それが何か不吉な出来事の前兆のようにも思えて
えも言われぬ不安をどうする事も出来なくて。
僕は自分の部屋に一度は戻ったものの
居ても立ってもいられなくなり、君の部屋へと走った。
精一杯の慰め、励ましの言葉は虚しく響いただけ。
何も見ていない、虚ろな瞳。
何を言っても君の心に届かない、僕の言葉。
抜け殻だった君。
どうして良いのかわからずに、ただ、夢中になって抜け殻の君を抱いた。
気付けば僕は、涙を抑えることが出来ずに、泣きながら君を抱いていた。
僕は君に帰って来て欲しかった。
君の野球の上に、ただ、帰って来て欲しかったんだ。
こんなのは君じゃない。
僕の知っている君じゃない。
どんな逆境も、君は乗り越えてきたじゃないか。
ふてぶてしいほどに、憎らしくなるほどに。
いつも最強であった筈の僕等に、辛酸を嘗めさせ続けてきたじゃないか。
野球を教えてくれたのも、野球の楽しさを教えてくれたのも君。
自分を乗り越える達成感を教えてくれたのも・・・みんな君だった。
許さない・・・・こんな所でリタイヤするなんて・・・僕が許さない!!
怒りとも、祈りとも取れる
そんなものを僕は必死に君に打ち込み続けた・・・あの日の夜。
あれは、たった数日前の事。
あの時の君のぬくもりも息づかいも・・手に取るように覚えている。
強く抱き返してくれた、あの時の喜びも、君の腕の力も僕はこの体でしっかりと覚えている。
あれで・・・・君が本当に目を覚ましてくれていれば、いいのだが・・・・。
日本に帰って来てみれば、桜の蕾が膨らんでいて
今にも開きそうな、その蕾を目にして驚いた。
アメリカに発った時は、桜など気にも留めていなかったが。
そんな桜の蕾を目の前にして、あれから確実に季節が巡っていたのだと思い知らされた。
あれはお祭りだ。
W杯の期間だけ、野球を愛する国々の人達が熱狂し、酔い痴れるお祭り。
まるで桜が咲いている間、現実からちょっと離れて、桜の美しさを愛でながら馬鹿騒ぎするような。
桜が散れば、まるで桜などなかったかのように人々は仕事に勉学に・・・それぞれの道へと精を出す。
祭りは終わったんだ、吾郎くん──────!
見上げれば、桜。
日本ではありふれた染井吉野。
君も今、桜を見上げているだろうか。
インディアナポリスに桜は咲いているだろうか。
アメリカだけでなく、異国では桜のない地域も珍しくないと聞く。
桜がない地域など、日本では考えられない。
桜は日本人の心の故郷のようなものだから。
当たり前の事が、当たり前ではない。
君は異国にいるのだと・・・・こんな事を考えた時、しみじみと実感させられる。
君がいるのがせめて日本なら
どこに居ようと、今すぐ君の傍へ飛んで行って抱きしめられるのに。
アメリカは・・・・遠い。
祭りの後の静けさを・・君の事を想いながら、咲き誇る桜の下で過ごすのは・・・・やりきれない・・・・。
吾郎くん。
今、君はどうしてる?
何を想ってる?
君だけまだ、祭りの渦中に取り残されているような気がして・・・・たまらない。
早く忘れてしまえばいい。
僕の不安など嘲笑うように
君が早くもギブソンJr.へのリベンジに燃えていることを
この遠い地の桜の下で
僕はひたすらに・・・・・祈っている。
吾郎くん。
日本の桜は相変わらず綺麗だよ。
君と見たかったな。
君と一緒に・・・この苦境を乗り越えたかった。
君と一緒に・・・・・・。
吾郎くん。
君は今、何をしている?
何を・・・想ってる?
end
桜といえば年度の変わり目。出会いと別れの季節。
そう思って過去のものも考えてみたら
中学で吾郎が帰って来る辺りと、海堂入学直前は書いてました。
・・となると残る時期から考えると・・・・。
と思ったら、W杯直後なら書けそうな気がして手を動かし始めたんです。
それでなんとか出来た話がこれです。
裏の「灯火」の続きっぽくしてみました。
できたらそれを読んだ後にこれを読んだほうが、「?」という事がなくて分かりやすいかもしれませんが
読んでなくても話は通じると思います。
(「灯火」はサンデー読んだ勢いで書いてしまったものなので、その後の展開と少々異なってくるんです。)
さて、このお話。
W杯が終わった日、寿也は明らかに吾郎の異変に気付いていました。
なにか良からぬ不安みたいなものを感じていた事が、原作からは読み取れます。
そして帰って来たら桜の季節は目の前。
暫くして美しく咲き誇る桜を、寿也はどんな思いで見上げたんだろう?
寿也にとっても辛い時期だったろうなと。
皆が浮かれる中、満開の桜の中。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
(2010.3.24)