「雨・・・だね。」
「見りゃ、わかるだろ。」
「吾郎くん、今日が何の日か知ってる?」
「今日?今日は・・・あ、七夕か。」
「うん。だけど、見ての通り・・・。」
「雨・・・だな。」
「残念がってるだろうね、織姫さんと彦星さん。」
「なに、子供みてーな事、言ってんだよ。」
「だって・・・会えるのは年に一度だけなんでしょ?」
「単なる昔話だろ?俺達には関係ねーよ。
大体、会いたいのに会いに行けないような根性なしの事なんて知るかよ。」
「ははは・・・。吾郎くんらしいね。
じゃ、吾郎くん流に、会いたい時は会いに行かせてもらうし、シたいときはサせてもらう事にするよ。」
寿也は吾郎をゆっくりと押し倒した。
「お前な〜。ちょっと露骨すぎるだろ。」
「君も、嫌なら嫌って言えばいいんだよ?」
「嫌がってるように見えるか?」
「全然。」
外は降りしきる雨。
二人の甘い時間が始まる。


「催涙雨って言うんだって。」
「なに・・・が・・。」
「七夕の日に降る雨。織姫と彦星の涙なんだって。」
「・・・。泣くくらいなら・・・。」
「なんで自分で会いにいかないのかって?」
「そう・・だよ・・っ!願い事くらい・・・自分で、叶えろ・・っつーの!」
寿也はその時、吾郎の顔が快楽ではなく、哀しみに歪むように見えた。

吾郎の願い。
願っても願っても叶わない願い。
それは間違いなく・・・・父親に会いたいという願い。
しかしそれは、何枚短冊に書いて笹に飾ろうが、どんな権威のある神に願おうが、叶う筈がない。
恐らく幼い頃、それこそ涙ながらに神に祈っただろう、吾郎の願い。

「そりゃ、誰にだって色んな事情があるだろうさ。
でも、生きてさえいれば、必ず会えるだろ?
どうしても会いたけりゃ、どんな手を使ったって会おうと思ったら会えるんだ。
そんな事もしないような奴らに、どんな願いが叶えられるって言うんだ。」
寿也に貫かれながら、吾郎の瞳には涙が滲んでいるように見えた。
その涙の原因は、寿也の突き上げに感じたからではないだろう。
「吾郎くん・・・。」
寿也はたまらなくなって吾郎を抱きしめた。
「ごめん・・。ごめん、吾郎くん・・・!」
「寿?」
「もういい。もうこの話はよそう。僕らには七夕なんて関係ない。」
吾郎は寿也の様子を見て、初めて自分が七夕に過剰に反応してしまった事に気が付いた。
「あ・・・。すまねえ・・俺の方こそ、悪かった。
そんなつもりじゃなかったんだ。
ただ、七夕の話を思い出すうちになんか・・・・だんだん・・・。
なんか俺、卑屈になっちまったな。・・・本当に、すまねえ・・・。」
「・・・・。もういい・・・もう、いいんだ・・・。吾郎くん・・・・。」
寿也は腕に力を込め、強く強く抱きしめた。
吾郎も素直に寿也の背に腕を回した。
「・・・。ありがとう・・・寿。」
寿也のぬくもりが、吾郎は今、一番嬉しかった。




「僕らの願いというか目標は、野球を頑張る事だね。君はアメリカで、僕は日本で。」
「ああ。」
「暫く会えない日が続くけど・・・。」
「生きてさえいれば、必ず会える。」
吾郎が力強く言い切った。
「そうだね。」
寿也は微笑んで答えた。
「それでもどうしても会いたくなったら・・・。」
「会いたくなったから、お前、アメリカくんだりまでやって来たんだろ?
で、明日の朝一番で帰国。普通、やるか?ンな事。」
「会いたいのに会いに行けないような根性なしは嫌いじゃなかったっけ?」
「お前さ、俺の事をきかん坊だってよく言いうけど、お前の方がよっぽどきかん坊だと思うぜ?」
「そうかな。」
「絶対、そうだ!」
寿也はふふ・・と笑うと、今度は真面目な顔で、美しい光を湛える翠の瞳で吾郎を見つめた。
「会いたかったんだ。どうしても。」
「・・・。」
「だから、会いに来た。」
「・・・。お前って、案外馬鹿だよな。」
「酷いな〜。」
「でも、嫌いじゃないぜ?そういうの。」
「嫌いじゃないんじゃなくて、好きなんでしょ?」
「揚げ足、取るなっつーの。」
「僕は織姫や彦星のようなヘタレじゃないから。覚悟するんだね。」
「覚悟なんて、とうに出来てるさ。こんな無茶苦茶な寿くんとこういう関係になった時からな。」
吾郎はニッと笑うと、続きをせがむように寿也の首に腕を回した。
「無茶苦茶なのはお互い様だろ?」
そして唇を・・・・。

雨の七夕。
逢瀬の叶わなかった伝説の二人。
でも、現実のこの二人の逢瀬は、今始まったばかり。



















end


去年の七夕に日記に書いたものです。
確か雨だったので、こんな話をつい・・・。
今年の七夕は晴れるかな?

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2012.7.9)


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