運が悪いと思った。

「おっ、なんだよ。寿とオレ、一緒じゃん!」

これじゃあ・・・・。

「佐藤と茂野だからね。
ま、一つずれてたら隣の児玉と一緒だったけど。」

生殺し・・・・。

「ハハ、そりゃ、ついてたな。」



ついてた?
ついてなんかいない・・・・・・・絶対に。



そう。
心の底でドス黒い僕が叫び声をあげる。

でも、表面では精一杯・・・いつもの僕。最低だ・・・・・。





いつまでもつ・・・?


「卒業まで飼い殺されるかもしれないんだからね・・・・・・・・・・・・・。」


「飼い殺し」
我ながらピッタリな表現だ・・・・。


















「最近、寿の奴、変なんだ。」
吾郎が珍しく沈んだ表情でうちあけた。

「珍し〜!お前らケンカしたんか?」
児玉が嬉しそうに茶化す。

「そんなんじゃねーって。一度もそんなことしてねーっつーの。
でもな〜。寿の奴、最近オレのこと避けてるっつーか・・・・。
今も部屋に帰ってきてねーし。」

「ふーん・・・・・・。」
国分が分かったような分からないような返事を返す。

「あいつ、怒らすと怖え〜から、あいつだけは怒らせたくねーんだよな。」
「そうなのか?あの温和な佐藤が・・・・。」
「何言ってんだよ!怖えーのなんのって、お前だったらぜってーションベンちびるぞ!?


大体なー、あいつは昔っから・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「お・・・・おい・・・茂野・・・・!」

児玉が引き攣った笑顔で後ろを指差した。
まさか・・・・・。

「・・・・僕が・・・・どうしたって?」
寿也が穏やかならぬ表情で腕組みして吾郎を見下ろしていた。

「ひ〜〜〜〜〜〜!ト・・・・・トシくん!!」

「児玉、国分、騒がせて悪かったね。さあ、吾郎くん、行こう。もう夜も遅いし。」
寿也はニッコリ笑って顔面蒼白の吾郎をずるずると引きずりながら、児玉と国分の部屋を後にした。


「・・・・・はは・・・今のは・・・ちょっと・・・・怖かった・・・かな・・・。」
「茂野〜・・・・達者でな〜・・・・。」





パタン・・・・・。

吾郎と寿也の部屋。

「え〜っと・・・悪かったな?別にお前の悪口言ってた訳じゃ・・・。」
部屋に戻ってきて開口一番、吾郎が平静を装いつつ弁解する。

「・・・・・・。分かってるよ。そんなこと。」
寿也は振り向きもせずに答えた。

ちょっとご機嫌斜めか?まあ、あんなもの聞いちまったら当然といえば当然・・・。
こんな時はおだてるに限る!とばかりに・・・。

「そーかー?さすがはトシくん、人間ができていらっしゃる!!」
カカカカ!と豪快に笑う吾郎に寿也が振り向いた。

「僕の人間ができてるって?ふふふ・・・笑っちゃうな・・・・。」
ところが・・・・いつもの寿也ならこんな事、気にもしないだろうが今回は違った。
自嘲気味に笑う寿也に吾郎は驚きと戸惑いを覚えた。

「トシ・・・・ヤ・・・?」

おかしい。いつもの寿也じゃない?

寿也は笑いながらフラリと一歩吾郎に歩み寄ったのだが
吾郎は無意識に一歩後退りしてしまった。

「どうしたの?吾郎くん?」
ニッコリ笑う寿也。だが纏うオーラが違う。

「お・・・お前・・・・変だぞ?」
「そう?僕はいつもと変わらないけど?」

寿也はゆっくりと距離を詰める。
吾郎もゆっくりと・・・・だが、もう・・・・・・。

「もう、後がない。くっくっ・・・。」
寿也が不気味に笑う。
虎かライオンにでも見据えられた獲物のように吾郎は動けなくなってしまった。

「・・・・・。」

ゴクン・・・。
吾郎は思わず生唾を飲み込んだ。

なんだ・・・この狂気じみた・・・雰囲気は・・・。

「壊れるものなら・・・・いっそ壊してしまえ。」
「な・・・何言ってんだ?おまえ・・・・。」
「夢島まではまだ・・・よかったんだ。
でも・・・ここへ来てからは・・・・破滅への階段の・・・・足音しか聞こえない・・・・。」
「トシ・・・?・・・・・っ!?」

瞬間。
寿也が残された、たった一歩の距離をつめ、吾郎を壁に押し付けた。
腕を押さえ込み、股に膝を割り入れ動きを拘束し・・・・そして。


その時、吾郎には何が起きたのか理解するまで暫くかかってしまった。
唇を塞ぐものが寿也のそれだと気付き、口内を這い回るものが寿也の舌だと気付いた時
遅まきながら抵抗を試みたが無駄だった。
吾郎も寿也も相当鍛え上げていた。
力だけでいったら吾郎は寿也を上回っていたかもしれない。
だが体勢に分がなく、寿也の押さえ込みから逃れられない。

ちゅく・・・・。

寿也の舌が絡みつく。
はじめは苦しいだけだったのに口内の寿也が這い回るたび・・・
吾郎は体の芯が熱く痺れていくのを感じた。

だが、これ以上・・・・・。

吾郎は首を振り切ってようやく唇に自由を獲得すると
「ぷ・・・・・はあっ・・・・!!・・・・寿也ぁ〜〜!!」

「なあに?」
叫ぶ吾郎に悪びれず答える寿也。

「おまえ・・・・・どういうつもりだ。」
「別に。見ての通りさ。」

寿也の顔が近づいてくる。
「うわっ・・・・やめろ!!」

ぺロッ・・・と首筋を舐めた。
「っふあっ・・・・!」
「ふふ・・・可愛いな〜・・・。じゃあ・・・。」

股に割り入っていた寿也の膝がグリッ・・・と吾郎の中心を刺激する。

「なに・・・・やめ・・・!!」
「・・・こういうのも初めて・・・だよね?」

耳に直接吹き込まれた言葉にさえも・・・甘く痺れてしまって。
そのまま耳たぶを甘噛みされて・・・力が抜けていくような。

でも、このまま流されていい筈が・・・・ない。

「う・・・あ・・・・・や・・・・・やめろ〜〜〜〜!!!」

力の限り無我夢中で吾郎は寿也を突き飛ばした。



はあ・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・。








ようやく、戻ってきた正常な時間、正常な感覚。
今やっと時計の針が動き出したかのように思える。

落ち着け・・・・落ち着くんだ・・・・。


尻餅をついた体勢の寿也は手の甲で口の端を拭いながら吾郎を睨みつけている。


一体・・・何がどうなってしまったのか。
何が寿也をこんなふうにしてしまったのか。

一度に色んな事が起こりすぎて吾郎の頭の許容量はゆうに超えていた。
吾郎は悪い頭で必死に考えてみる。

はじめは隣の国分達の部屋でぼやいていた。
最近寿也がおかしいと。
それがエスカレートして愚痴っぽくなった時に最悪のタイミングで寿也に聞かれた。
そして部屋へ連れ戻されて・・・・なんとなく居心地が悪くて弁解をした。

そこまではいい。
おかしくなったはそれからだ。

寿也がオレの言い分を分かってくれたんだ。
それで・・・・なんだっけ・・・・・。
よく分からないが・・・・・その後、キス・・・・されたんだ。

その後の寿也は・・その行動も言動も・・・・・やっぱりさっぱり分からない。

だが。
強気に挑発しているようではあったが
かなり寿也が・・・・無理をしている・・・・・・それだけはなんとなく分かった。




「おまえ・・・・どうしちゃったんだよ?」
「どうもしないさ。」

いけしゃあしゃあと答える寿也がかえって痛ましく思えて。



「ただ・・・・。・・・・・・・・。
好きな人と密室で二人きりになったら・・・誰だって同じ行動をとるだろ?」

「・・・・・・トシ・・・?」

時間が止まる。

「・・・・。好きだ・・・・吾郎くん・・・・。好きだ・・・・。好きだ・・・・。」
「寿・・!」

「好きだ・・・好きだ、好きだ、好きだ〜!!」

絞るような声で・・・。狂ったように繰り返す。
こんな寿也ははじめてだった。

「止まらなかった・・・。夢島ではまだ別の部屋だったから抑えられたんだ。
でも運命の悪戯か、厚木からは同室になった。
吾郎くんと二人きりのこの部屋で・・・・僕は自分の欲望を・・・抑えられるはずがない!
神とやらが・・・・天で嘲笑っているみたいだ・・・・・。
どこまで僕の人生を玩具にすれば気が済むんだ・・・・・。」

何かに取り憑かれたように告白は続く。

「吾郎くんは・・・・僕の憧れだった。小さな頃から・・・ずっと。
いつもアグレッシブでピュアで自分の信念を決して曲げない。
単純でよく笑って無邪気で・・・可愛くて・・・・・・・。
夢島で・・・いつも一緒にいるようになって・・・・はじめて気付いた。」

片手で顔を覆い、虚ろな瞳で。

「僕は・・・・・僕は・・・・・・・・!」

「もういい、寿・・・・・。」
いつの間にか寿也の元へ歩み寄っていた吾郎はそっと寿也を抱きしめた。

「分かった・・・・分かったから・・・・・・。」

寿也は吾郎の腕の中で声を殺して泣いた。














「悪いが寿・・・・もうちょっと時間くれるか?いきなりの事でオレ、頭パニクっちまって。
・・・・ちゃんと考えるよ。お前のこと。そして分かったらちゃんとお前に言うから。
だから・・・・そんな顔すんなって・・・・。」

真面目に答えてくれた吾郎。
寿也の肩を抱いたまま、まるで励ますように。
それは精一杯の吾郎の優しさだろう。

女子高生の生足に「バンザーイ!」と絶叫していた・・・あの吾郎だ。
男に告白なんてされたら普通は別の意味で絶叫モノだろう。
それなのに。

もとより寿也はこの想いが報われるなどとは思っていない。
ただ・・・・。
吾郎がきちんと聞いてくれた。真面目に受け止めてくれた。
それだけで・・・・寿也は充分すぎるほど報われた思いだった。

だが、吾郎は急に照れくさそうに頬をポリポリ掻いてこう付け加える。

「・・・・・・・・・・。
あと・・・・安心しろよ?オレ、お前の事、気持ち悪いなんて思ってねーし。
よく・・・わかんねーけど・・・お前にキス・・・されても全然・・・嫌とか・・・嫌悪とか・・・そういうの全然ねーから。
まー、驚きはしたけどな。」


「・・・・・・・・。
嫌・・・じゃなかった・・・・?」

「ああ。おかしいか?」

せめてもの救いを得たような気持ちで吾郎の話を聞いていた寿也は
更なる吾郎の言葉に、ちょっと考え込むような顔をした。
それを見て吾郎は内心ホッと溜息をつく。
その顔は・・・いつもの寿也だった。

「吾郎くん・・・・。」
「あ?」
「悪いけど・・・・もう一回・・・・いいかな。」
「何を?」
「・・・・。キス。」
「はぁ!?」
「ちょっと・・・確かめたい事があって。」

吾郎の返事を聞く様子もなく、寿也は吾郎の後頭部に腕を回しもう一方の手は頬に添えた。

「ちょ・・・ちょっと待てって!」
「ダメ。多分考えるまでもなく分かるから・・・・じっとしてて。」

そういいながらも既に寿也の顔は近づいてきていて
ええ〜〜〜い!とばかりに目を閉じた。

柔らかな弾力のある感触。暖かくて・・・甘い。
覚悟していればどおってことはない・・・・のだが・・・・。

「どう?」
「べ・・・別に・・・。」

唇を離しただけの至近距離から尋ねられ、戸惑う。
こんなに近くで寿也の顔を見たのは初めてだった。

「じゃ・・・これは?」
「え・・・っふ・・・・・ん・・・・・・・!」

今度は舌が差し入れられた。
寿也の舌が吾郎のそれをゆっくりと辿り、そして絡める。

「っふ・・・・・あっ・・・!」

痺れる・・・・体の芯が・・・・甘く・・・痺れて・・・・・・!

執拗に寿也は吾郎の舌を追う。
苦しくて、でも甘くて・・・・なんだかクセになりそうな、そんな気持ち良さ。

ちゅっ・・・・ちゅる・・・・・。

甘い水音が耳に響いて・・・もう・・・何がなんだか・・・・・・。


これでもかという程、吾郎の口内を堪能して寿也は名残惜しげに唇を離した。

「今のは・・・どう・・だった?」
「・・・・・・・。どお・・って・・・・・・。」

なんと答えたらいいのか。
動悸が激しくなって・・・息が荒くなってしまって・・・・・
数cmしか離れていない寿也の端整な顔を直視できない。その視線が・・・熱くて。

「吾郎くん・・・・。」
気がつけば吾郎は床に押し倒されていた。
そして顔の両脇に寿也が肘をつき、なおも問いかける。

「嫌じゃ・・・・なかった?」
「嫌・・・・じゃ・・・・ねー・・・けど・・・・。なんか・・・よく・・わかんねー・・・。」
「・・・ふふ・・・・。可愛い・・・。吾郎くん、まだ・・・・分からない?」
「え?だから・・・よくわかんねーって・・・。」
「そうじゃなくて。僕のこと、ちゃんと考えるって言っただろ?」
「・・・・・。」
「じゃあさ、以前早乙女トレーナーに襲われるかと思ったって言ってたよね?
その時と比べて・・・どう?」
「な・・・うげ・・!変な事、思い出せんなよな〜!!」
「だから。普通、泰造さんだろうが、児玉だろうが三宅だろうが・・・・・。
もし襲われたら・・・・同じように感じるはずだよね?」
「ま・・・そう・・・かもな・・・・。
あ〜〜〜、でも泰造は別格!あのオカマヤロ〜〜〜!!気色悪ィ〜ったら・・・!」
「じゃ、寺門に押し倒されたら?」
「はあ〜〜?お前、さっきから何言ってんだよ。」

吾郎は呆れて言い返した。

「まだ分からない?僕、吾郎くんを押し倒してるんだけど。」

はっ・・・・・・。

吾郎ははじめて今の状態に改めて気がついた。
さっきからキスだの(しかもディープキス・・)抱きしめられたりだのしていたので
その状態になんだかすっかり馴染んでしまって、
今がどれだけ異常な状態かという事に気付けなかった。

そうなのだ。
確かにおかしい。
普通男にキスされたらどんな大事な友達だって嫌だ。
抱きしめられたり押し倒されたりなんてとんでもない。

なのに。

何でオレはこの状態でのんきに構えてられるんだ〜〜〜〜!?


「吾郎くん・・・。」
「な・・・なんだよ・・・。」

真っ赤な顔で上目遣いで寿也を睨みつけつつ答える。
それに苦笑しつつ寿也は続けた。

「好きだよ。」
「・・・・・〜〜〜〜〜!!」
「・・・・吾郎くんも・・・だよね?」

とたんにこれ以上赤くなれるのかという程に真っ赤になってしまった吾郎。
にもかかわらず強がって。

「な・・・なんでそうなるんだよ!」
「・・・往生際が悪いのは試合だけで充分。そろそろ観念しなよ。」

ふふ・・っと自信ありげに笑う寿也が憎たらしくて。
さっきまでの怯えた顔の寿也は何処へいったんだ。
これでは完全に寿也の思う壺ではないか!この策士め〜!!

「どうしてもシラを切るならそれでもいいさ。でも、もう止める気ないから。」
「な・・なに?」

寿也の顔がまた近づいてきて、唇をふさがれた。
必死に口付けを受けていたら寿也の手がシャツの中へ滑り込んできて。

「な・・・・なにすんだ!」
「言ったろ?もう止める気ないって。」

「や・・・・やめっ・・・・!ト・・・・シヤ・・・・っ!!」
「・・・ふふっ・・・・いい加減、覚悟・・・決めなよ・・・・。」
「なんの覚悟だ〜〜〜!」





















思えば・・・・・。
あの日出会えた奇跡から運命の歯車は回り始めていた。


あの時からずっと・・・・・・・。


幼すぎて、同性であるが故に気付けなくて。




そのまま寿也のベッドに眠ってしまった吾郎にそっと唇を落とすとふわりと抱きしめて
寿也もまた・・・満ち足りた面持ちで意識を手放した。





吾郎くん・・・・もう、離さない・・・・・。













余談。


その日、隣の部屋から聞こえた吾郎の断末魔の叫び声に
てっきり大喧嘩しているものと信じ込んだ児玉と国分は密かに吾郎の無事を祈った。
そして自分たちは絶対に寿也を怒らせないと誓うのだった。




そして翌日。

バカップルと化してしまった吾郎と寿也を目の当たりにして

じゃあ、昨日聞こえた絶叫はなんだったのだろう
と児玉と国分は考えてしまって・・・・・・・ある結論へたどり着き・・・
二人、引き攣り笑いが止まらなくなってしまったとか。









end



ありがちな展開ですが・・・・。
どうも馴れ初めを書かないと気がすまないみたいで。
吾郎はニブイから絶対告白は寿也からだろうと思っていました。
でも寿也は真面目だからな〜。苦しむでしょうね〜vv。と思って。
吾郎の気持ちに確信が持ててからはいつもの「攻め」の寿也vv。
自信ありげなヤリ手で策士な寿也を書きたかったのですが・・・う〜〜ん・・・・。
途中、ゴロトシになってしまいそうで焦りましたが何とか軌道修正できたみたいで
とりあえずはホッとしております。
こんなモノでも最後まで読んで下さりありがとうございました!
(2006.4.12)


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