ホーネッツ、悲願のWシリーズ優勝。
その瞬間、吾郎は天を仰いだ。

子供の頃、横浜リトルとの激戦の後、空を仰いだあの時。
「ああ、きょうの空って・・・こんなに青かったんだ・・・。」
あの空の色を吾郎は忘れる事が出来ないように
今日のこの空も、この夜空も・・・きっと一生忘れる事はないだろうと・・・そう思った。

満面の笑顔で駆け寄る寿也とガッチリと抱き合い、喜びを体中で表現して。
後から後から飛び掛ってくるチームメイトに揉みくちゃにされて。









「長かったな。」
「うん。はじめて君に出会って野球を教わったあの日から・・・22年。
本当に長かった。
でも、振り返ってみるとあっという間だったようにも思えるよ。」
「・・・そうだな。俺もお前も・・・選んだ道は違ってたけど、いつもがむしゃらだったから。
・・・にしてもよー。
あの時の、お勉強ばっかの眼鏡っ子が、Wチャンピオンの捕手になるとはなー!!」
「君もね。でも君はあの頃からプロへの道しか見ていなかった。
僕はあの時、そんな君に尊敬と憧れの念を抱いたんだ。」
それを聞いて吾郎はふふ・・と笑んだ。

あれから色んな事があった。
茂治が死んでしまって吾郎は引っ越す事になり・・寿也との涙の最後のキャッチボール。
あの時、寿也が・・・・

  「ダメだよ、吾郎くん!野球やめちゃ!!
  会えなくなっても僕は吾郎くんに教わった野球はやめない!!
  だから吾郎くんも・・・・
  おとさんに会えなくなっても・・・・
  おとさんに教わった野球をやめちゃ絶対ダメだよ!!
  そしていつかまた───────
  きっと一緒に野球やろうね!!」


あの言葉がなかったら、吾郎は父親の死を思い出す野球を続けられたかどうか。
それでも結局吾郎には野球しかない、という結論に辿り着いていたかもしれないが
しかし、あの時の寿也の言葉は、その後の吾郎の大きな支えになっていた事は間違いない。

そしてリトルリーグで再会。
それから・・・・。
とにかく、吾郎のこの野球人生は寿也がいなくては語れない。
そして今日、吾郎と寿也は、ついに共に頂点を極めた。
あの、遠い日の約束が最高の形で果たされて。

「何はともあれ、お疲れ!
最高の瞬間、俺の野球人生最高のファストボールを
他の誰でもない、お前の・・寿也のミットに納められて・・・よかった。
あんなガキの頃から、ずっと・・・お前がいたから、俺は・・・・。
お前とあの瞬間を迎えられて・・・ホント、人生最高の日だぜ!」
吾郎は遠い昔から、そして現在までに想いを馳せて・・
そして今尚、共にいてくれる
掛け替えのない最高の友を見つめて、感無量、とでもいうように微笑んだ。
「じゃあ、お互いの人生最高の日に・・・乾杯!」
ホテルの一室で、夜景を眺めながら、そして至上の喜びに浸りながら
シャンパングラスをカチリ・・と合わせた。
寿也は平気な顔でクイッ・・とある程度を飲み干したが
吾郎は一口、口にした途端、咳き込んでしまって。
「・・・吾郎くん、相変わらず弱いね・・大丈夫?」
「ったく・・こんなもん、好き好んで飲むヤツの気が知れねー!!」
寿也は吾郎の背中をさすってやりながら、咳が収まると口元を拭ってやった。
自然、互いの距離が近くなり、そして・・・・。
「吾郎くん・・・・。」
寿也が意図的に、その距離を詰めようとした。
しかし。
「ダメ、だ・・・。」
吾郎は顔を背けてしまった。
「なんで?」
吾郎は何も言わない。言えない。
「もうすぐ子供が生まれるから?」
「・・・・・。」
「それと僕等の事とは全く別の話だ。違う?」
寿也は静かに迫る。
吾郎の瞳が揺れていた。
あと一押し・・いや、三押し位したら吾郎は寿也に身を委ねただろうが
しかしさすがに子供がいつ生まれるか分からない状況では・・諦めるしかないだろう。
「・・・じゃキスだけ・・・触れるだけ・・・それ以上はシない。・・・お願い。」
寿也の綺麗な瞳が吾郎だけを熱く見つめていた。
美しい翠玉のような瞳が、吾郎の唇に、ただ触れたいのだと許しを請うように・・・。
吾郎は寿也の瞳に操られるように、殆ど無意識のうちに瞳を閉じると
寿也はゆっくりと、唇を重ねた。
触れるだけ。
温かな・・・柔らかな・・・・シャンパンの香りと共にしっとりと吾郎の唇を包み込んで
そしてゆっくりと離された。
それはほんの数秒の事だったのに、全てが痺れるように全身で寿也を感じてしまって。
初めてキスを交わす少年のように、唇だけに意識の全てが集中してしまって。
離れて欲しくない・・・・もっとこうしていたい・・・。
そんな衝動が吾郎の胸を突き上げる。
離れていく寿也に思わず手を伸ばしてしまいそうになって
それを必死に押し留めた。
唇だけを離した至近距離で、寿也は綺麗に切なげに微笑むと
「ありがとう・・。」
と、触れさせてくれた吾郎に礼を言った。
切なさが急激に込み上げる。
礼など言って欲しくなかった。
吾郎も、このキスが嬉しくて・・・涙が零れそうなほどに嬉しかったのに。
でも、寿也にこう言わせたのは吾郎自身。

───やっぱり俺は・・・・寿也が好きだ・・・・・。

押し殺し続けた感情が、静かに込み上げる。

「じゃあ・・・お休み。ゆっくり休みなよ。」
そう言いながら寿也は立ち上がり、そして吾郎の部屋を後にした。


───俺は・・・・やっぱり寿也が好きだ・・・・・。

一人きりの部屋。
吾郎は繰り返し・・・そう、思った。


涙が一筋、頬を伝って落ちた。





















end

一気に7年飛んでのWシリーズには置いてきぼりな感がどうしても拭えませんでしたが
それでも吾郎、初めての正真正銘の頂点、しかもトシゴロバッテリーで!!
これにはやっぱり込み上げるものがありました。
子供の頃、「きっと一緒に野球やろうね」と誓い合った二人。
そして
「・・・僕は君と─────
ただ純粋に甲子園に行きたかったのに・・・・・。」
海堂高校時代、そう願った寿也。
この時の願いが別の形で、でも最高の形で叶ったのだと思うと。
原作の流れには残念でしたが、やっぱり感慨深かったです。
その夜はきっと二人で喜びの余韻に浸るんだろうな・・・と思わず日記に書いてしまったものがこれです。

それではここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2010.6.15)


 


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