「海へ行こう。」
それは突然の提案。
しかし、世間の話題をちょっと考えてみれば簡単に思いつきそうな提案だった。
「海?いいけど・・・どうしたんだ?一体。」
その意図が全く分っていない茂野の様子に俺は溜息をついた。
「行けばわかる。」
知らないのなら、その光景を目の当たりにした時の驚きも、また大きいだろう。
「珍しいな。久しぶりのオフだけど、お前から遊びに行こう、なんて言うとは思わなかったぜ。」
しかし、どこまで無関心なんだ。
コイツの頭には野球の事しかないのか。
さんざんテレビで新聞で・・・こんなにも騒がれているというのに。
本当に知らないのだろうか?
「お前、今日、何があるか知ってるか?」
「今日?」
真剣に悩んでいる。
俺はそれ以上聞くのを止めた。


「海なんて久しぶりだな〜!!
前は海辺に球団借り上げのコンドミニアムがあったけど
今のマンションに引っ越してからは海なんて見ることなかったし。」
海にやって来たらやって来たでとことん楽しむのが茂野だ。
波と戯れる茂野を眺め、自然に微笑んでいる自分に気付いた。
茂野に出会う前は殆ど笑う事などなかったというのに
コイツと一緒にいると、いつの間にか微笑んでいる事が多くなった。
その・・・変わりように自ら驚いていたら
「何やってんだよ!キーン!!こっち来いよ〜!!」
茂野が呼んでいる。
近くに行けば思いっきり海水をかけようという魂胆なんだろう。そうはいくか。
・・と思った次の瞬間。
頭から海水が降ってきた。
振り向くと茂野が、どこから借りてきたのかバケツを持って、人を指差して爆笑している。
「ギャハハハハハ!!本物のワカメみて〜〜!!」
「・・・・茂野・・・・・・お前、よくも・・・・・・・。」
さすがの俺もブチ切れた。
「お!来るなら来い!!」
笑ってやがる。
完全に茂野のペースだと知りながらも、乗ってやることにした。
たまにはこういうのも悪くない。
そしてずぶ濡れの状態で砂浜で乱闘騒ぎ。
勿論、互いに本気ではない。
俺達が本気で乱闘など起こしたら二人とも病院行きだ。
そして球団からの処分も覚悟せねばならない。
ともかく。
俺達は童心に返って、砂や海水をかけ合ったり
抱きついて互いに倒れ込んで、浅い海に溺れそうになったりして、とことん遊んだ。
全身、海水と砂にまみれ、お世辞にも綺麗とは言えない姿に成り果てた頃
茂野が異変に気付いた。
「あれ?まだ昼だよな?天気も良いのに、なんだか暗く・・・・。」
ようやく気付いたか、この馬鹿。
俺は茂野に手を差し伸べて立ち上がる手助けをしてやった。
空を見上げると、本来真ん丸の太陽が三日月よりも細く光っている。
しかもその光はみるみる隠れていくのだ。
「そうか・・・今日って・・・・。」
「さすがに知ってたか。」
この宇宙の織り成す天文ショーを前にしては、さすがの茂野も言葉が出ない。
そしてついに太陽は月の影に完全に隠れ、辺りは暗闇と化した。
黒い太陽。
月の影からはコロナが。
そして空には星まで瞬いている。
この辺りは完全に闇に包まれたのに
遥か彼方の水平線上は夕焼けのような色合いをかもし出していて。
なんと幻想的な光景だろうか。
俺は背後から茂野の腰に手を回し、抱いた。
そして耳元で囁いてやる。
「そろそろ出るぞ?」
「え?」
そう言っていると、月の影がゆっくりとずれて行き、太陽の光が少しづつ現れて・・・・・。
まばゆいばかりの光が、光の輪の上に現れる。
ダイヤモンドリングだ。
息を呑む茂野。
俺はその手を取り、そして・・・。
「愛している。お前だけを。
一瞬で消えるが・・何よりも美しいこのリングを・・・お前に。」
「え・・・・。」
「誓いのリングだ。」
「ば、ばっかやろー!!」
そして太陽は月の影からみるみる現れてくる。
さっきまで暗闇に包まれていたのに、今はもう、こんなにも明るい。
太陽はまだ三日月のように細いのに。
ほんの数分の出来事。
月と太陽が重なる、たったそれだけの事なのに、こんなにも美しいものなのか。
茂野が振り向いた。
その顔は興奮と幸せに満ちていた。
俺は茂野の引力に引き込まれるように口付ける。
互いの口内で砂がジャリジャリと音を立て、そして潮の味がした。






その夜。
海岸沿いのホテルの一室、ベッドの上で。

「すごかったな・・・・。日食があんなにすごいとは思わなかった。」
茂野は未だ興奮冷めやらぬ様子。
「みんな騒ぐ訳だよな・・・・。」
「連れて来た甲斐があったな。」
「ああ!ありがとな?キーン!!
日食が近いうちに起こる事は知ってたけど、興味なかったし・・・
お前が連れ出してくれなけりゃ、ジムでトレーニングしてたかも。」
ふふ・・・と俺は笑んだ。
「俺、馬鹿だから・・・
太陽や月がどんだけの大きさだとか軌道がどうとか全然知らねえけど
でも・・・なんて言うのかな・・・宇宙の神秘っていうか・・・・
とにかく・・すんげー綺麗で・・・・
その瞬間に立ち会えたってのが・・いや、それ以前に・・・
この地球に俺とお前が生まれた事も奇跡みたいで・・・・・。」
茂野は黙ってしまったが、興奮はまだ続いているようだ。
そして俺も、腕の中の茂野に語り始めた。
「俺は子供の頃、皆既日食を見た事がある。
あの美しさは忘れられない。
だから・・・・お前に見せたかった。
あのダイヤモンドリングを・・・誰よりもお前に見せたかった。」
「・・・!」
あの瞬間、俺が言った言葉を思い出したのだろう、茂野の頬が紅く染まる。
「指輪などでお前を縛るつもりはない。
だから指輪など送らない。
しかし今日、あの瞬間・・ダイヤモンドリングをお前と共に見上げた事を・・・
俺は一生忘れないだろう。」
「・・・!!言う事がいちいちキザなんだよ!!」
「ふふふ・・・。じゃあなんと言えばいい?」
俺は尋ねてみた。
「・・・・何も言わなくても・・・・・。」
茂野が腕を伸ばす。
そして引き寄せられて・・・・・・。
「抱いてくれ。何度でも・・・・。」


宇宙の神秘と
俺とお前が出会えた奇跡に─────。



















end

先日の皆既日食。
私が住んでいる地方からは部分日食しか見えませんでしたが、それでも感動ものでした!!
それにしても・・・とんでもなく恥ずかしい話になってしまいました。
ホント・・・その様子を思い浮かべると恥ずかしすぎる・・・。
でもキーンならこの位やりそうな気がして・・・。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
(2009.7.27)




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