うなりを上げて凄まじい衝撃と共に、吸い込まれるようにミットへ収まるシゲノの球。
敵のバットが空を切ったその瞬間。
バッツの地区優勝が決まった。
マヌケな面で真っ直ぐ俺に向かって駆け寄るシゲノ。
バッテリーが抱き合う、お決まりのパターンだ。
馬鹿馬鹿しい。
こんな公衆の面前でそんな事ができるか。
フイッ・・・。
「よけるなっ!!」
案の定、シゲノが怒る。
が、次の瞬間もみくちゃに。
結局こうなるのか。まあ、たまにはこういうのも悪くはない、か。
その晩。
皆は優勝の美酒に酔いしれていた。
俺はそんな乱痴気騒ぎはゴメンだったから、一人会場を抜け出した。
池の前のベンチに座り、夜空を眺めていたら。
「お前な〜。もうちょっと嬉しそうな顔したらどうだ?」
背後から声をかけられた。良く知った声だ。
「・・・・。今度はプレーオフだ。地区優勝くらいで浮かれてはいられない。
それに。マイナーでの優勝になど、意味はない。」
「ケッ・・。お前もそういうクチかよ。」
「目指すものはもっと上にある。地区優勝はその通過点に過ぎん。
あんまり浮かれすぎてプレーオフでボロクソに打たれないよう、気をつけるんだな。」
「・・・・可愛くね〜奴!ま、お前が可愛いキャラだったら俺も苦労はねーか。」
カカカ・・・!と笑いながらシゲノは俺の隣に腰を下ろした。
「苦労?お前とは一番縁遠い言葉だな。」
「どーゆー意味だよ!こんな可愛くねー、ムカツク奴を恋女房に持った俺の苦労は相当のもんだっ!!」
シゲノは腰に手をあててなにやら威張っているようだ。
「wife?」
何を言い出すんだろう、こいつは。
「あ?ああ・・。日本じゃ、ピッチャーから見てキャッチャーの事を『恋女房』って言うんだよ!」
「Dear wife・・・。それは間違いだな。」
「・・・お前、またなんかむかつくセリフでも思いついたんだろう。」
「俺はお前のワイフなんかじゃない。」
「・・・・なんだと?」明らかにムッとしたシゲノの顔。
「お前が俺のワイフだ。」
「え?」
さっきまでムッとしていたコイツの顔が驚きに変わる。
全く・・・なんでこんなに表情をクルクルと変える事ができるんだ。
面白い。
・・・・そうだ、コイツは面白い。
そして今度は俺の発言の意味を考えて頬が染まり始めている。
俺はただ、コントロールするのはお前ではなく俺のほうだと言いたかったのだが・・。
「ふふふ・・・。」
「なんだよ!何がおかしい!」
「お前、俺のセリフを何か勘違いしただろう。」
「なっ!」
「安心しろ、俺にはそのケはない。」
「・・・・!・・・ったく、ビックリさせやがって・・・・。
アメリカじゃそーゆー奴が多いって聞いてたから
もしかして貞操の危機かもって思っちまったじゃねーか!!紛らわしい事言うな!!」
「・・・・その考えは間違ってないかもな。」
「は?なんだよ、さっきから訳わかんねー!」
「そんなケはなかったが、お前には興味がわいてきた、と言っている。」
その顎に手をかけてクイッ・・と上向かせてみた。
勿論本気ではない。
ムキになるシゲノが今度はどんな顔をするのか見てみたくなっただけだ。
すると紅く染まった顔がなにやら覚悟をする表情に変わる。
本当に面白い。
「くっ・・・ははははは・・・・!!」
俺は思わず噴出してしまった。珍しい。こんな事などめったにない。
「な、何が可笑しいんだよ!!」
「お前、ヤバイぞ?狙われるタイプだ。」
「なんだと〜!?」
真っ赤な顔で今度は激怒。
「そうなる前に・・・俺のものにしておくのも悪くないかもしれん。」
「え?」
次の瞬間。
シゲノの背中と後頭部にすばやく腕を回しきつく抱きしめ唇を押し付けた。
戸惑う舌を追い回し、絡みつけ摩ってやるとシゲノが苦しそうにもがく。
そんな様子も興味深く、ついついもっと苦しめてしまいたくなる。
「馬鹿、鼻で息をするんだ。窒息するぞ?」
「んな・・事・・!!」
一瞬だけ口から酸素を取り入れる間を与えてやり、また唇を塞いだ。
飲みきれない唾液がシゲノの口の端から漏れている。
それが顎をつたい、ポタッ・・と落ちてシゲノのズボンに染みができた。
その染みのすぐ近く、その部分がきつそうに見えた。
そして驚いた事に俺のそこも・・・・。
「っぷ、は・・・・っ!!」
ようやくシゲノを開放すると苦しそうに息を整える、その姿。
その瞳には涙が浮かび朱に染まり・・・・。
マズイな・・・・。
俺は・・・本当にコイツを手に入れたくなってきている。
「な、なにすんだよ!!」
と抗議するシゲノ。だが・・・。
「って、なんでお前が鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してやがる!驚いたのは俺の方だってーの!!」
そう言われてハッ・・と我に返る。
「いや・・・すまなかった。ちょっとからかってみたくなっただけだ。」
「からかうって・・・お前な〜〜〜!よくも俺の貴重なファーストキスを!!」
「初めてだったのか?」
「悪いかよ!!」
「ふふ・・・そうか。」
「なにが可笑しい!!」
「・・キスもまだなお子様はもう寝る時間だ。」
俺は立ち上がってシゲノに背を向け、歩き出した。
「なんだと〜〜〜!?」
後方でギャーギャー騒いでいるシゲノの叫びを聞きながら、自然、口元が緩むのを感じた。
初めて。そうか・・・・。
じゃあ、全ての初めてを奪わせてもらおう。
そう、密かに決意した、バッツ地区優勝の夜────。
end
ここまで読んで下さりありがとうございました!
(2008.11.11)