夕食の支度が出来たと、祖母の声がした。
もうそんな時間だったのか。
寿也は一つため息をついて、勉強していた手を止めた。
そしていつものように自室から階下へと降りていく。
いい匂いがした。
部屋の戸を開けて驚いた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、これ・・・。」
「ふふふ・・。今日はクリスマスでしょ?
おばあちゃん、ちょっと頑張ってみたの。」
祖母が照れくさそうに笑う。
ちゃぶ台にはクリスマスケーキが、ローストチキンが、それからサラダにスープにオードブル・・・。
どう考えても祖父母の好みではない料理がズラリと並んでいた。
「どうした、寿也。早く座りなさい。シャンパンを開けるぞ?」
そう言って祖父は子供用シャンパンの栓を勢いよく、ポン!と抜いた。

──こんなに無理をして・・・僕の為に・・・・。

目頭が熱くなった。
両親は寿也を捨てていったというのに、祖父母はこんなにも愛してくれる。
寿也が悲しまないように、出来る限りの事をしてくれる。
その温かさが、寿也にはとても嬉しかった。

「おばあちゃん、このチキン、美味しい!」
「そう?良かった。テレビでやってた作り方をメモして作ったんだけど、なにしろ初めてだから、心配で・・・。」
「本当に美味しいよ?早く食べてみてよ。」
「お!本当だ!美味いぞ!さ、ばあさんも早く。」
「そう?じゃあ・・・。あら、本当!」
そして皆で笑いあった。

とても幸せな、クリスマスの思い出。








「どーしたんだよ、ニヤニヤして。」
吾郎の声に寿也は現実に引き戻された。
「別に。子供の頃のクリスマスを、ちょっと思い出してただけさ。」
「へえ・・・。」
他の話であったなら「どんな?」と聞くところであろうが
吾郎はどう言葉を続けたら良いのか分からなくなった。
何故なら、子供の頃の寿也は・・・・。
そんな吾郎の様子に気づいて寿也は言った。
「そんな顔、しなくて良いよ。だって僕はとても幸せだったから。」
「・・・・。」
そう言われても。
吾郎の顔には寿也を気遣う様子が見え見えだった。
「本当さ。おじいちゃんおばあちゃんはとても僕を愛してくれた。
経済的余裕はなかったけどね。
でも、そんな事よりも、もっともっと大事なものを、僕はいっぱい貰ったんだ。」
祖父母との思い出に思いを馳せる寿也の瞳は温かかった。
そんな寿也に、吾郎も安心して穏やかな気持ちになる。
「・・・そっか。」
「気を遣わせちゃったね。ごめん。僕は本当に幸せだよ?
今だって・・・ほら、君がいる。」
寿也は吾郎を背中から抱きしめた。
「君が僕のそばにいる。それだけで僕は・・・・。」
そう言いながら、首筋に唇を落とした。
「・・・寿・・・・。」
首に顔をうずめると、あたたかくて吾郎の匂いがして、吾郎が確かにここにいると実感できる。
だから寿也はこうするのが好きだった。
「来年も、再来年も、クリスマスを君と二人で過ごせたら・・・・・。」
「どーしたんだよ。らしくねー・・・・。」
「どうもしないよ。君を離したくない、ただそれだけ。」

──君は・・・君だけは・・・・
   絶対に、離したくない・・・ただ、それだけ・・・・。

その体の質感を確かめるように、手を這わせ・・・・・。
「・・・・・。」
「吾郎・・・くん・・・・。」
首筋に噛みつくように唇を落としながら、寿也の手は自然、吾郎の服の中へ。

──僕の・・・一番大切な、君・・・・。

「・・・っ・・。」

──もっと、感じたい・・・君を・・・・。
   君が、確かにここにいる事を。
   離れていかないで・・・君だけは・・・・・。

まるでしがみつくように、抱く・・・・・。

吾郎は少し違和感を覚えた。

いつものように吾郎を抱きしめる寿也。
いつものように・・・・いつものように?


「・・・・・・。」
不意に吾郎は、まさぐる寿也の手をがっちりと掴んだ。
そして。
「クリスマスだけじゃねーだろ。
俺はどこにも行かねーよ。
お前こそ俺を置いて、どっか行くんじゃねーぞ?
ずっと離れねーから・・・覚悟しろ。」
そう言われて、寿也はハッ・・・と我に返った。

──しまった・・・・。
   僕は今・・・・・・・。


やり切れない想いがこみ上げた。
大事な人が目の前からいなくなる
寿也を置いて去って行ってしまうという恐怖が、無意識のうちに蘇ってしまって・・・・。
母や妹と和解してから随分経つのに
未だに・・・あのトラウマに囚われている・・・・・・弱い自分。

大の男として、ひどく恥ずかしい面をさらけ出してしまったような気がした。
寿也は何と言ったらよいのか分からずにいると
吾郎は、背後から抱いていた寿也の方へ振り向いて
首に腕を巻きつけてきた思ったら、唇を押し付けてきた。
「・・・っ、・・・吾郎くん・・・・。」
珍しく積極的に絡みついてくる吾郎の舌に驚きながら。

吾郎も寿也を、求めている・・・・こんなにも激しく・・・求めている・・・・。

──そうだ・・・別離を経験をしたのは僕だけじゃない。
   吾郎くんも・・・いや、吾郎くんの方こそ
   あんなに幼い頃に永遠の別れを・・・・・。
   僕とは違う種類の別れだけど
   吾郎くんも幼い頃から
   「ある日突然、目の前から大事な人がいなくなるのではないか」
   という恐怖が、何かのきっかけで蘇るのを・・・僕は知っている。

フッ・・と苦笑した。

──僕達は、よく似ているのかもしれない。

そして。
「・・・・ごめん。ありがとう、吾郎くん。」
寿也は改めて吾郎を抱きしめた。
きつくきつく抱きしめると、吾郎も寿也の背に腕を回し・・・・。
「俺はここにいる。ずっと、お前の腕の中だ。
もう絶対・・・誰にも邪魔はさせねえって・・・決めただろーが。
だから・・・・シケたツラ、すんじゃねーよ、バーカ。」
「酷いなあ・・・。馬鹿はないんじゃない?」
「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ!」
そう言われて寿也は苦笑した。
そして。
「吾郎くん・・・僕もどこにも行かない。ずっと君のそばにいる。・・・・愛してる。」
「・・・・わかればいいんだよ、馬鹿。」
「まだ馬鹿っていうの?」
そう問いかけながら、返事を言わせる気が無いように口づけて。
「・・・ば、か・・っ、・・ぁ・・・ん・・・・!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「すっかり冷めちまったな。」
そうだったのだ。
テーブルの上には買ってきたものばかりだったが、クリスマスの料理が並んでいたのだ。
「温めなおすだけさ。大したことじゃない。」
寿也はオーブンにローストチキンをセットした。
「シャンパン、飲む?」
そして栓をポンッ!と抜く。
それだけで吾郎は大喜びだ。
細長いグラスに注ぎ入れると、グラスの底から一筋の泡が立ち上る。
カチリ・・・とグラスを交わして乾杯。

「美味しい・・・。」
と、寿也はある程度を一気に飲み干すが
「・・・・。俺にはどーしても、こんなもん、好き好んで飲む奴の気がしれねえ・・・。」
「でも吾郎くん、最近は咳き込まなくなったね。」
ニッコリと笑う寿也。
「いつまでも子供扱いするんじゃねーよ!」
そう言って、吾郎も笑った。

温かな料理、温かな空間。

愛の行為が先になってしまったが、ともかくも
吾郎と寿也の、二人だけのクリスマスが始まる。






















end

これは去年のクリスマスに日記に上げたものです。
無駄に回りくどくなってしまった・・・頑張って修正したものの、これが限界・・・すみません!
「それぞれプロ入り後」と書きましたが、プロになって、それなりに年月が過ぎてから・・・というイメージです。
「もう絶対・・・誰にも邪魔はさせねえって・・・決めただろーが。」
と吾郎が言うくらい、色々あって年月が過ぎてから、と思っています。
何にしろ・・・撃沈・・・・!

以下は没ネタ。
こっちの方が簡潔でよかったような気もする。

「気を遣わせちゃったね。ごめん。僕は本当に幸せだよ?今だって・・・ほら、君がいる。」
の寿也のセリフ辺りからです。


「吾郎くんは?どんなクリスマスを?」
「・・・俺、クリスマスなんて特にどうこう思った事なんて、ねーけど・・・。」
言いながら、吾郎も思いを馳せた。
そして。
「でも、俺も・・・幸せだったと思う。」
桃子と茂野に、心から愛されて・・・・・・。

そして二人、微笑んだ。
子供の頃には家族が、今は最愛の人が傍にいる。

口づけを交わしていた。

「吾郎くん。」
「・・・。」
「愛してる。」
「何を今さら・・・。」
「今さらでも・・・愛してる。」
「・・・馬鹿。」




ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
(2014.12.21)


MAJOR top